ハル奮闘篇

レイジング・ファイアのハル奮闘篇のレビュー・感想・評価

レイジング・ファイア(2021年製作の映画)
4.3
< テン候補作 見逃し鑑賞その3 >
【 ドニー・イェン、ここに在り! そのアクションもその正義感も! 】

 見逃し鑑賞その3は、交流させていただいている方々のレビューでも気になっていた、アノ香港映画です!

【 物語 】

 香港警務処のボン警部(ドニー・イェン)は正義感の強い男だ。上層部から目をつぶるように言われたことにも従わず、そのせいで捜査の第一線から外されてしまう。そんなある夜、現場で捜査にあたっていた警官が全員殺されるという凄惨な事件が起きる。
 ボンらが犯人逮捕に躍起になる中、捜査線上に浮かんだ男は、元警察官でボンを兄のように慕っていたンゴウ(ニコラス・ツェー)とその一味だった。
 4年前のある事件で、警官だったンゴウは、幹部の命令に従ったにも関わらず、法廷ではその幹部が保身のために関与を否定。ボン警部にも彼を守ることはできず、ンゴウは刑務所に送られた。そして出所後には犯罪者に身を落とし、ボン警部を含む香港警察への復讐を企んでいるのだった…。


【 ここが良かった 】

 2011年に日本公開された「イップ・マン 序章」。ブルース・リーの大ファンの僕は、その師匠にあたる人物の物語だと聞いて「師匠の師匠じゃん、これは観ねば(笑)」と飛びついた。そして、映画の中のイップ・マン師匠に魅了された。詠春拳の達人にして人格者、人々の尊敬を集めるも、驕ることなく庶民として日々を穏やかに暮らしている。後半では日本占領下の貧困にあえぎながらも、決して中国人としての誇りを失わなかった男。これにはシビれた!

 以来、俳優ドニー・イェンに対する僕のイメージは、イコール イップ・マン師匠。シルベスター・スタローンが、僕の中ではいまだに下町の三流ボクサーであるのと同じことだ。〝ある1作〟が本当に好きだとそうなってしまうのじゃよ。

 だからこの「レイジング・ファイア」を観るにあたっても、ドニー・イェンには、ついついアクションスターとしての「圧倒的な強さ」と、名優が醸し出す「誠実さ・正義感」の両方を求めてしまう。

 とは言え、前者のアクションに関しては、「イップ・マン」第一作の製作から13年の歳月が流れ、このときドニー・イェン57歳。全編を通して昔のように動けるはずもない。
 が、そのぶん、市街地でのド派手な銃撃戦(「ヒート」か!)と、車とバイクによる緊迫のチェイスで魅せる!少しだけCGと美容の助けを借りながらも、やっぱりカッコいいぜ、ドニー・イェン!
 特に「車を運転中、横断している子供がトラックに撥ねられそうなのに気づき、ドリフトで車を横付けすると同時に、ドアから飛び出して子供を助ける」なんて神業は、ドニー・イェンにしか似合わないのだ!だって〝神のワザ〟なんだから!笑

 満を持して、クライマックスでのボン警部とンゴウの一騎打ちで見せるアクションのキレの良さはさすが! ベニー・チャン監督が、必要以上にカットを割らず、カメラは寄り過ぎず、引きの画でドニー・イェンの見事な〝本物のアクション〟をフィルムに焼き付けているぞ!

 また、ドニー・イェンの「誠実さ・正義感」の魅力も十分に味わった。
 
 物語の中盤過ぎ、ボン警部はやむなく味方に銃を向けたこと対して査問委員会にかけられる。彼を慕う同僚や部下たちが、処罰の軽減を求めて、大挙して部屋に押しかける。
 このシーンで、香港警務処の壁に掲げられたスローガンをカメラが捉える。〝We serve with pride and care.〟「我々は誇りと気遣いをもって奉仕します」くらいの意味か。
 この映画が作られたのは、香港の民主化運動に対して警察の過剰な弾圧が起きた、それ以降のことだから、このカットには監督の皮肉が込められている、と見ることができるだろう。

 査問にかけられたボン警部は、三人の委員に向かってこう言う。「今、警官になる若い者の多くがまず考えるのは、犯人逮捕ではなく、コネを作り保身をすることです。『たかが仕事に命をかける必要があるのか?』その気持ちを理解はできます。しかし、いつしか彼らは誇りをもって奮闘し、危険を顧みず犠牲を恐れないようになります。そして、仕事を減らすことではなく、より良い仕事をすることが重要だと考えるのです」。そして「補足することはあるか?」との委員の問いに「犯罪者が法の裁きを逃れたままでいるのが悔しいです」と毅然と答えるのだ。
 く~。いいなあ、このシーン。名優ドニー・イェン、ここに在り!

 ボン警部の言葉の中にはもちろん、元警官のンゴウが幹部の保身のために罪を被せられ、出所後に犯罪者に身を落としていること、香港警察の上層部の腐敗への怒りも含まれているのだろう。
 そして、これが遺作になったベニー・チャン監督が、中国当局の検閲の目が光っていることも十分意識した上で、警察組織のあるべき姿を描こうとした、映画に込めたそのメッセージにもアツくなる。

 前述したクライマックスでのボン警部とンゴウの一騎打ち。これも「正義VS悪党」という単純な図式ではなく、もとは犯罪撲滅のためにともに戦った同志が、上層部の腐敗によって引き裂かれ、お互いへの友情を感じつつも、ラストでは戦わざるを得ないという図式。これは、ジョン・ウー監督も「男たちの挽歌」以降、繰り返し描いてきた、香港映画のひとつの流れを継承したものだと思う。

 この映画が中国で記録的な大ヒットをしたのは、アクションがすごい、それだけの理由ではないと思うのだ!