ハル奮闘篇

ベイビー・ブローカーのハル奮闘篇のレビュー・感想・評価

ベイビー・ブローカー(2022年製作の映画)
5.0
< テン候補作 見逃し鑑賞その6 >
【 是枝裕和は 映画に社会を映し、映画で社会を変えようとしている  誠実でまっすぐな心優しい映画 】

「この世に生まれなければ良かった命など存在しない」と言い切れるのか? 是枝監督が自問自答して、もがき苦しみながら撮り上げた映画だそう。

「一人親を孤立させないこと」「子供たちに自分は生きる価値があると伝えること」。僕にとっては監督作でもっとも好きな一本になりました。

【 登場人物の背景 】

〇中年の男 サンヒョン
 古いクリーニング店を経営するが、大きな借金に追われている。ドンスと組んで、捨てられた赤ん坊を横流しする〝ベイビー・ブローカー〟で金を稼ごうとする。自身は離婚していて、元妻と暮らす娘がいる。

〇若い男 ドンス
 〝赤ちゃんポスト〟のある施設に勤務している立場を利用して、ポストに入れられた赤ん坊をこっそり連れ出し、サンヒョンと共に、養子を欲しがるカップルに非合法で売っている。彼自身は親に捨てられ、児童養護施設で育った。

〇若い女 ソヨン
 男に望まれない赤ん坊ウソンを出産。一度は施設の〝赤ちゃんポスト〟に預けたが、翌日、思い直して引き取りにいったことで、サンヒョンたちの悪事が発覚。「この子を幸せに育ててくれる夫婦に引き渡すんです」と弁解するサンヒョンに「じゃあ、私も一緒に行くわ」「私は収入の半分をもらうわ」と里親探しの旅に同行する。冷たい母親のようで、何か事情がありそうだ。

〇養護施設の少年 ヘジン
 ドンスが育った児童養護施設の8歳に少年で、サンヒョンらを慕う。サッカー選手になるのが夢で、養子として引き取られたいと願うが、叶えられそうにない。

〇女性警官 スジン
 後輩のイ警官とともにサンヒョンたちを尾行。児童売買の現行犯逮捕をしようと執拗に追っていく。彼女自身にも、任務を超えた感情があるようだ。

【 ここが良かった 】

 敬愛する是枝裕和監督が韓国に渡り、現地のスタッフ、キャストと撮り上げた映画。

 序盤から、これまでの映画以上に、人物の置かれた状況を丁寧にわかりやすく描いていく。「敢えて皆まで描かない」とか「背景を観客の想像に委ねる」ということをしないから、例えば是枝映画を初めて観る人には、演出が野暮に、あるいは凡庸に見えるかもしれない。
 
 けれどそもそも是枝裕和は「芸術的に優れた映画を撮ろう」だなんて考えてない監督だと思う。是枝監督はドキュメンタリーの出身で、これまでの映画でも、特に近年の作品では「社会にきちんと伝える、問題提起して観客に考えてもらう」というスタンスで撮ってきた人だ。

 この「ベイビー・ブローカー」の取材をしていく中で、監督は「何らかの理由で親が養育を放棄して、施設で育った若者たちに、何人もが、果たして自分は生まれて来て良かったのか?という、生に対する根源的な問いに明確な答えを持つことが出来ていない」ことを感じて絶句し

 だからこの映画は、監督がその問題に向き合って、もがき苦しみながら表現した、いまの思いなのだろう。丁寧に登場人物たちの心情を追って積み重ねていくこの映画に派手さはないが、しかしだからこそ、終盤に監督の思い、祈り、願いがひしひしと伝わってきて、胸を打たれた。

 是枝監督作でも特に好きな映画になった。

☆レビューは、以上です。
 以下は自分自身の記憶のため、印象に残ったシーン(クライマックスやラスト含む)について書きます。未鑑賞の方はどうぞご注意ください。
 ↓ ↓ ↓











〇中年男サンヒョンは、赤ん坊を売ったらその収入で離婚した妻子とやり直そうと思っている。娘と面会するが「お母さんが、お金はいらないからもう連絡しないで、って。赤ちゃんが生まれるの」。娘に「いつまでもパパは、君のパパだよ」と優しく笑いかける。

〇旅の一行5人(男2人、女1人と少年、赤ん坊)が遊園地に行き、二台のゴンドラに分かれて夜の観覧車に乗るシーン。
〇一台には、中年男サンヒョンと少年ヘジンが乗る。ヘジンは観覧車に乗りたがったのに高所恐怖症で窓の外が見られない。サンヒョンに膝枕するように甘えるヘジン。サンヒョンが優しく抱いてやる。
〇もう一台には若い男ドンス、女ソヨンと赤ん坊ウソン。「もうやめてもいいよ、養子に出すこと」「…でも」「なんなら俺たちが育ててもいい」「俺たち?」「4人で。ヘジンを引き取って5人でもいいな」「変な家族ね。誰が誰の父親?」「俺がウソンの父親になるよ」「普通はそれ、プロポーズの言葉だけど」「そうなのか」「…そんなふうにやり直せたらいいな。でも無理、すぐに逮捕されるから。〝釜山の売春婦が男性を殺害して逃亡中、邪魔になった赤ん坊をベビーポストに捨てた〟って」(中略)「お前のこと見てたらちょっと気が楽になった」「なんで?」「僕の母も、僕を捨てなくちゃならない理由があったんだろうなって」「でも許す理由なんてない。ひどい母親に変わりはないもの(涙)」「だから俺が君を許すよ」「ウソン(赤ん坊)はきっと私を許さない」「ウソンを捨てたのは人殺しの子にしたくなかったからだろ?」「(小さく頷き)だけどやっぱり捨てたのよ」

〇養子を欲しがる夫婦と会う前夜。中年男のサンヒョンに「最後の夜なんだから、我が子に何か言葉をかけたらどうだ」と促された女ソヨンが、「じゃあ、ここにいる4人みんなに言う」。照れ臭いからと部屋の電灯を消して真っ暗にする。ソヨンは、ひとりひとり順番に、相手の名前を呼び掛けてからこう言う。「生まれてきてくれて、ありがとう。」 暗闇のなか、微かな光で、その言葉を聞く者の顔が一人一人、が写される。彼らにとっては人生ではじめてかけてもらう言葉なのかもしれない。
そして少年が女に言う。「ソヨン、生まれてきてくれて、ありがとう。」

〇ある夫婦との、赤ん坊ウソンの売買についての話し合い。誠実そうな夫婦だが、母ソヨンは躊躇している。その現場に女性警官スジンらが踏み込み、一同を検挙。赤ん坊を母ソヨンから手渡された警官スジン。赤ん坊を抱く手つきが慣れている。彼女自身にかつて子供がいて、何かの事情でなくしたのだろうと想像される。

〇ラストシーン。刑期を終えて出所した母ソヨン、彼女から頼まれて赤ん坊ソヨンを育てていた警官スジン、若い男ドンス、少年ヘジンと、赤ん坊を違法に買おうとした罪で執行猶予中の夫婦。彼らが6人が遊園地に集まり、楽しく交流している。「ソヨンの未来について、みんなで話し合おう」。
〇そんな彼らの様子を車の中から見守っている男がいる。借金取りと警察から逃亡中の中年男サンヒョンなのだろう。ルームミラーに掛けた〝ひと時の家族〟と撮った写真が揺れている。