茶一郎

昼下りの決斗の茶一郎のレビュー・感想・評価

昼下りの決斗(1962年製作の映画)
3.9
 鉱山から金塊を町に輸送する警備員に、元保安官の老ガンマン=スティーヴが銀行に雇われました。スティーヴは、昔の相棒ギルとギルの若い相棒ヘックと共に鉱山に向かいます。その道中で出会ったエルザ、彼女は鉱山に恋人を持ちながら、敬虔なキリスト教徒である父親は彼女に結婚を許さない。そこでスティーヴは彼女を連れ出し、恋人の元に届けますが……その恋人は、鉱山町で強い権力を持つ悪徳ハモンド兄弟。エルザを守るスティーヴとハモンド兄弟との対決が始まります。【あらすじ】

 「西部劇を終わらせた男」=サム・ペキンパー監督が、本気で西部劇に終わらせにかかっています。
 映画監督デビュー作だった前作『荒野のガンマン』では、どうにも作品制作の自由度が低かったようですが、ジョエル・マクリーとランドルフ・スコットという2人の西部劇スターを迎えた今作『昼下がりの決斗』は、サム・ペキンパーの本領発揮。すでに終わってしまった時代に取り残されている男が最後に死に場所を求める男同士の逃避行をするという、後のペキンパー産西部劇である『ワイルド・バンチ』、『砂漠の流れ者』に通ずる男の生き様・死に様が描かれます。

 まず冒頭、銀行との警備契約を交わすスティーヴの描写、「契約書を見るときは一人にさせてくれ」とスティーヴはトイレに行って老眼鏡を付けてから契約書を見ます。この『昼下がりの決斗』は、いきなり西部劇の主役を「老眼」で登場させ「西部劇の終わり」を臭わせていきます。
 鉱山までの旅は、終わった西部に取り残させた老ガンマン2人と、次世代を担う若者1人の旅。この人物配置は、後に西部劇における勧善懲悪な物語の構図を反転させ、正義と暴力についての物語を語ったクリント・イーストウッド監督作『許されざる者』に引き継がれていました。
 その旅の途中で出会うのは、宗教のせいで抑圧的な生活を強いられている1人の女性=エルザ。女性への暴力描写も厭わないペキンパーは、しばしば女性差別主義者と批判されてきましたが、今作を見ればそうでは無いことが一目瞭然です。処女作『荒野のガンマン』、『砂漠の流れ者』で娼婦の女性に優しい眼差しを向けたペキンパーは、今作でも社会から抑圧されている女性エルザを優しさで包んでいます。ペキンパーが糾弾するのは、宗教であり、個人を痛みつける集団でした。

 スティーヴは老友ギルとの友情、裏切り、を経験しながら、物語の終盤はスティーヴ一行、ハモンド兄弟との『昼下がりの決斗』です。この銃撃戦の迫力は言わずもがな。最後は、西部の荒野に取り残された男たちが死に場所を「ここ」に選ぶとばかりに、しっかりと『ワイルド・バンチ』歩きをして正面突破するアツい男泣き展開が待っています。
 今作を機に、ハリウッド西部劇は「西部という開拓地の消失」、「若者への世代交代」を描くようになります。この『昼下がりの決斗』で作家的評価を得たサム・ペキンパー監督は、映画監督として大出世。しかし皮肉なことに西部劇スターの主演お二人=ジョエル・マクリーとランドルフ・スコットにとっては、今作が引退作となりました。
茶一郎

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