Azuという名のブシェミ夫人

デリカテッセンのAzuという名のブシェミ夫人のレビュー・感想・評価

デリカテッセン(1991年製作の映画)
4.5
フランスから帰ってきました♡
行って良かったと心から言える素敵な日々でした!
また絶対行きたいな。

さて、フランスを訪れてみて私の愛する映画監督ジャン=ピエール・ジュネに改めて想いを巡らせたわけでして、ジュネ作品再見しようと。
女性なら普通そこは『アメリ』じゃない?って感じですけれど、私が初めてジュネ作品に出会って、心を鷲掴みにされたのはこの『デリカテッセン』ですので、初心に戻ってレビューしたいなと思ったのです。
この作品はジャケットからして怪しげなダークさが感じ取れますが、芯の部分で描いているのは非常にピュアな恋と世情に対したシニカルなユーモアです。

核戦争後の荒廃したパリ。
物資が不足しているはずの世界で、何故か繁盛する怪しい精肉店。
『どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません。』・・・なんてね。
そんな精肉店の店主が大家でもあるアパートで起こる騒動。
私はこういうアパートが舞台の映画って好き。
本当なら外から見えないドアの向こうの世界。
その一部屋毎に違ったドラマがあるから。
他人の部屋からは、その人の頭の中が垣間見えちゃうんだもの。

ジュネの世界に欠かせない人、ドミニク・ピノン♡
上手く説明できない不思議なお顔で、彼が出てくるとあっという間に異世界に入り込めちゃうのです。
ジュネの世界で私達が迷わないように、いつまでも彼がジュネ作品に居てくれることを願ってやみません。

ジュネ&キャロコンビの初期作品に溢れるダークさや毒々しさ、それは傍から見れば不気味で不快なものに感じるでしょう。
しかし、私が思うにジュネが作品で出しているあの毒は、人々を攻撃するためのものではありません。
ジュネがいとおしく大切にしている“何か”が外部の悪しきものに侵されることの無いよう、保護し守るための毒です。
その“何か”は数々の愛や夢であったり、時には希望や歓びであり、人それぞれの心に確かなきらめきを持って存在する温かいものです。
だから、私はそういう温もりを持ったものを内側に大事に抱擁するようにしながら、外向きには妖しく放出されるジュネの濃密な毒をとてもとても愛しています。

真の美しさを知っている人こそが、きっとその対極にあるおぞましい卑しさや醜悪さ、不気味さをあんな風に表現出来るのだと思います。
・・・単に私がジュネ中毒者であるが故の贔屓かもしれませんが。笑
悪夢から覚めた直後に心にモヤモヤと去来する不安感。
もう目覚めたのだから大丈夫なんだと気付いた時の安堵感。
そして、あんなに心を悩ませていた不安の正体がいつの間にやら朧げになっていることから、ふと湧いてくる悪夢への再びの興味。
そんなことをジュネの作品を観ると思い返したりします。
あぁ・・・やはり私はジャンキーなのだな。