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ファニーとアレクサンデルのエディのレビュー・感想・評価

ファニーとアレクサンデル(1982年製作の映画)
4.3
人の心の機微を丁寧に、しかし鋭く描くベルイマンの集大成というべき超大作。5時間を越える作品なので作品の求心力は弱まっているが、彼の映画作りの原動力やメッセージが全て詰まっている作品だと思う。
比べられることが多い黒澤明とベルイマンだが、黒澤の人物描写が客観的で冷徹なのに対し、ベルイマンは鋭く踏み込むが時に優しくそして常に共感に満ちている。また、ベルイマンは宗教のために人生を犠牲にすることに否定的で、人の弱みに付け込み心を支配しようとする宗教者を憎悪している印象を受けるが、この作品は彼の世界観の集大成といえるような作品になっている。
この映画の主人公はファニーとアレクサンドルという二人の兄妹で、裕福な劇場主エクダール家の家長の女性の孫である。映画は大きく前半と後半にわかれ、前半ではこの一族の華やかで明るい暮らしとそこに集う人々を丁寧過ぎるほど描き、その中で育った二人を客観的に描いている。
しかし、劇場主かつ俳優だった優しい父が急逝し、父の葬儀を行った司教と母が結婚したことから、二人の生活は一気に暗転する。そして、後半は悲劇的で恐ろしい境遇がサスペンス調で描かれる。
生を謳歌し常に歌に溢れ昼間から酒を飲むようなブルジョワ的な一族の下で育った二人は演劇の世界の幻想に浸っていたが、一転して厳格で笑いが無く陰険で権威主義的な司教一族の下で暮らすことで辛い日々を送ることになる。
ファニーとアレクサンデルは、司教という地位を笠に着て習慣を押し付け虐待を通り越した拷問をする最悪の主教に対し徐々に激しい憎しみを覚えていく。しかし、兄妹の目は子供のように澄んで悲しそうなまなざしのままだ。その代わり、前半で長時間をかけてファニーとアククサンデルの家庭環境を丁寧に描いてきたので兄妹の悲劇的境遇に激しく共感して、彼ら以上に自分が司教に対し殺意を抱いてしまった。映画を観て、ここまで宗教者の偽善に対して殺意や怒りが湧いた記憶は余りないので、ベルイマンの宗教観に引き込まれたのだろう。
呪われた家から逃げ出そうとする母を止めるために二人を幽閉する司教はまさに狂っているが、妄想癖のあったアレクサンドルは司教を呪い殺すことをいつも思い続け、そしてラストのハッピーエンド??に繋がってくる。
最後の20分に二人にとって叔父であるグスタヴが「宗教は偽善だ。悩まないで今を楽しく生きる」という内容のスピーチをしているが、これこそがベルイマンの宗教感だろう。
長過ぎるせいか終っても深い感動より、やっと終ったという印象の方が強かったけど、確実に宗教の見方や生き方に対する考えが変わった。その意味で、この映画は心に重い鋼鉄を沈められたような感覚だ。元々劇場公開用に準備された版は3時間だったはずので、5時間超という今作はいくらなんでも長すぎるが、この作品だけで巨匠が伝えたいメッセージは全てわかるという意味で集大成だと思う。
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