どーもキューブ

惑星ソラリスのどーもキューブのネタバレレビュー・内容・結末

惑星ソラリス(1972年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます


タルコフスキーの宇宙船ソラリス~失われたラブ



1972年ソ連映画。
カンヌ映画祭グランプリ受賞。
アンドレイタルコフスキー監督脚本(脚本他1名)



鑑賞きっかけは、やはりツィッター。

草がたなびくGIF動画。水の中でそよいでいる、水流にゆらゆら揺れる草。「何だろうこの癒し」からようやく中年のザ・オ・ジサンになった今見てみることにしたソ連映画、タルコフスキー監督。予備知識なし。

ソダーバーグ監督がリメイクした本作「ソラリス」。

予備知識なし。IVC DVD鑑賞した。




ある意味、意味わからん。で全然はじまり、おわる映画だ。

わたしは、ちょっとチープ感と低予算画と工夫あり。本質はSFで、わりにラブストーリーしていたんでびっくりした。

本作キューブリックの「2001年宇宙の旅」と対極映画なんていう言われあり。見てみるとただ違うSF映画というだけ。

物語は、いわくありの惑星ソラリス。調査に行くととある事実があり。それを調査に行く主人公のおじさん。さて船内はいかなるソラリスになってるのか。

惑星ソラリス、SF=サイエンスフィクションとはいえ、ひとつ。それは愛をめぐる物語だった。なんか手塚治虫の「火の鳥」の漫画にでてきそうな物語だった。

うしなわれた過去
うしなわれた愛
触れられない愛しさ 
囚われる過去
ソラリスの海は脳内の海

ラストまでなんやら宇宙船室内演劇を見てるかのよう、やや高尚な言語を使って。

笑うのがなぜか、移動シーンで道路走行シーンが出るのだが完全に「日本」という。タルコフスキーにとってソラリスは日本の風景にあったかのようなモンタージュ。

そして科学的な未来像、明るい先見性とは真逆の消極的未来、暗さを内包し、汚く散らばった船内の退廃的な感じは、「ブレラン」っぽい。

消費しつくされ
やりつくされ
人間どうしのコミニケーション断絶
デタッチメント

そこに浮かぶ宇宙船ソラリス
何を実験し
何があるのだろう。
台詞はひどく観念的で
何ひとつ明快なプラス思考はなく
ただただ愚行のなれの果てのような
ロシア語を話す登場人物。

なかでも主人公の過去のモノローグに不意に癒された。そう「母」だ。必見。マザーノスタルジー。

タルコフスキーの詩たるSFは、もはや劇団タルコフスキー号。 
自然にたなびく水、海に何をみるのか。
私は生きているうちの「ラブ」って

大変尊いものなのかなあ~なんて見た後、本作の不可解な台詞をめぐり、閉鎖的船内内装を思いだしながら、ソラリスのオリジナリティにつかったタルコフスキー処女体験だった。

まだ全然理解不可能な心境だというのは間違いない。



さて
タルコフスキー船内劇団ソラリス公演

ぜひ!

追伸
村上龍や坂本龍一が本作愛好者なのだが、、。なるほどなあと思った。
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