けんたろう

長屋紳士録のけんたろうのレビュー・感想・評価

長屋紳士録(1947年製作の映画)
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ど、どこに紳士が居たんだ?!


陰翳の裡に光る、整然と極まつた画。襖の奥に映る、バチバチに極まつた画。嗚呼、何の画を取つても美しい。総べてが慎ましく、然しバチバチに、然うしてシユルに極まつてをる。縦の平行線に因る建築や、バヽアとボウズの身体の向き、然うして二人の距離。其の配置の美しさたるや! 加へて可笑しさたるや! 嗚呼、小粋で且つユウモラス。其の至高の空間造形には、究極惹かれてしまふ。

又た、人物の表情、動き、間、台詞(或いは無言)なども非常にシユルで可笑しい。同期する動きなどには酷く笑うてしまふ。
たゞ、其ればかりではない。矢張り此れ亦た粋である。「冗談ぢやないよ」や「承知しないよ」など、彼れらの軽妙なる台詞には殆ど快感を覚えてしまふ。

小粋で且つユウモラス。其んなことが果たして可能なのかと思うてしまふが、少なくとも小津に取つては可能であつた。
時間と空間の完璧なる計算に依りて生まれし、映像の妙。芸術にして大衆の娯楽。蓋し、映画である。


──云々かんぬん、徒然と書いてきてしまうたが、然し本作の肝と云うたら他でもない、終幕に際して描かるゝバヽアのテレと愛情である。嗚呼、江戸つ子よ。中々言葉にやあ出来ぬ其の人情よ!
加へて其の悟得よ! 果たして、個人主義なんてものは糞食らへである。自分だけ良ければいゝなんていふ、思想とも付かぬ、野暮たきうんこの思想は、早やく便所で流しちまへ!

さて、粋な江戸つ子にして、稀代の喜劇作家・小津安二郎の作家性溢るゝ一作。何んだか、どつぷり堪能してしまうた。