エディ

無防備都市のエディのレビュー・感想・評価

無防備都市(1945年製作の映画)
4.5
同盟国だったナチスドイツに占領された時代のイタリアを描いたネオリアリズモ(新現実主義)の超傑作。わずか2年だった占領時代を記録する価値があるのかとうかはこの映画を観ると判る。

舞台は第二次世界大戦末期のローマ。イタリアはナチスドイツ、日本と枢軸国だったが早々と降伏したことでナチスに占領されてしまった。そのナチスと戦う為にレジスタンスが組織され、主人公マンフレディはレジスタンスのリーダー的存在だ。
マンフレディは組織の資金調達のため厳しい追っ手をかわしながらローマに来たのだが、ゲシュタポから完全にマークされていて身動きが取れないので、旧知のドンピエトロ神父に連絡役を頼む。
同士フランチェスコとピーナの結婚式当日、マンフレディはゲシュタポに襲われ、フランチェスコは捕えられてしまう。新郎を捕えられたピーナは半狂乱になってフランチェスコを追い続けるが。。。

かつての同盟国が支配する側とされる側になってからの物語とは思えない位に、この映画は緊迫感が漂っている。しかし、敵はナチスだけでなく、同じイタリア人の密通者もそうだ。
かつての友や恋人からの裏切りや、日々の生活のため普通の市民すら強盗にならざるを得ない状況が冷静に、しかし冷酷に描かれている。

では、ひたすら重く苦しい映画かというと違って、不思議な明るさとコメディ的なシーンが随所に入っているのだ。例えば、もうろくした爺さんのシーンや、マンフレディのかつての恋人マリアと女ゲシュタポの関係などは、コメディ的な要素を感じてしまう。

そして、ひょうひょうとしたドンピエトロ神父の描き方もこの映画の魅力を高めている。彼は鬼気迫る使命感は感じず、むしろ「頼まれちゃって困ったな」みたいなどこにでもいる普通の良い人で描かれているので、この映画で一番共感でき、かつ一番親近感を覚える。

そんな彼をラストの白眉に持ってきたこの映画は正解だ。

マンフレディだったら、「しょせんはその時代の特殊性だ」と言いきれるだろうが、今の時代でも十分リアリティがある神父が子供達が見てる前で遂げるラストシーンは、突如親友を失ったような喪失感に襲われる。

イタリアの長い歴史の中でたった2年のナチス支配下を描いた映画なのだが、この映画を作るモチベーションは十二分に理解したし、今もって喪失感を覚えてしまう。なまじコメディ的な明るさがあるから、ラストがドシンと来てしまうのだ。ずっとシリアスに描き続ける映画では出せないすごいリアリティだ。

自分にとってネオリアリズモの映画は好き嫌いが極端だが、この映画は自分にはフェニーニの「道」と並んで好きな映画だ。
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