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パパは、出張中!のエディのレビュー・感想・評価

パパは、出張中!(1985年製作の映画)
4.0
秘密警察に父が逮捕された少年の目を通してスターリンの大衆抑圧的社会主義から普通の暮らしになっていく故国ユーゴスラビアの姿を描いたユーゴの名監督クストリッツァの作品でカンヌグランプリ受賞作。彼のいろいろな作品の中でも一番政治的なので、作品の共感するためにはユーゴの状況などの予備知識が必要になるかもしれない。

主人公マリックは父メーシャ、母セーナ、祖父ムザフェルなどに囲まれて楽しい日々を過ごしていたが、あるとき突如父がいなくなってしまう。母に聞くと、「パパは出張中なのよ」としか言わないが、家族は暗くなり貧困になって、転地を余儀なくされる。やっとのことで父が戻ってきても昔のような日々は戻ってこない。

この映画の秀逸なところは、主人公マリックの子供目線で主軸を語る一方で、父が逮捕される経緯などを客観的に描く描写が一つの映画の中に上手く収まっていることだと思う。

マリック目線だけでは何が起きているのか判らないし、客観的な描写だけでは家族という個の単位が激変する社会システムの中でどう移り変わっていくか判らないだろうから、その意味ですごく良く出来ていると思う。

勿論、映画は政治に翻弄される家族だけを描いているわけではない。引っ越した僻地で仲良くなった病の少女マーシャとの淡い恋は、自分の幼少時代のおぼろげな恋にすごく似ていて胸を打った。良く思い出せないけどこんな気持ち、こんなシーンは確かにあった!と。

そんな少年マリックの純真な目から見える世界と、大人たちのどす黒く汚い世界が対比されていく。

どす黒いというのは秘密警察が跋扈するという社会システムの問題だけではなく、浮気や人を陥れるという人間のサガのどす黒さも含めてだ。

結局、秘密警察は解体され、そちら側の組織の奴が転落していくラストはハッピーに見えるかもしれないが、決して違う。その反面で、祖父は養老院に旅立っていくのだ。

結局、社会システムが変わろうが、古き善き時代は戻ってこなかったのだ。映画を通して、ヨハシュトラウスの「美しき青きドナウ」が繰り返し流れるが、最初と最後で聞く印象が全く違うと思う。最初と最後では時代が違っているのだ。もう「あの頃」「あの気持ち」は戻ってこないのだ。

思い出せない素敵な出来事を必死に思う出そうとしているかのように、すごく胸が苦しく切なくなる。
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