風に立つライオン

ライフ・イズ・ビューティフルの風に立つライオンのレビュー・感想・評価

3.8
 家族愛をホロコーストの中でコミカルに描いた1999年のイタリア映画の秀作である。

 ホロコーストをそもそもコミカルに描くということに違和感を感じながら、これも一種の対位法なのかとも思い鑑賞した記憶がある。
 何せグイドのはしゃぎっぷりはやり過ぎ感があると感じつつ、ラブロマンスの基調がある日突然大転換する。
 理不尽なホロコーストの始まりである。

 グイドや愛らしい妻ドーラ(二人は実際にも夫婦)、可愛い息子ジョズエもその日を境に人生が一変する。
 ユダヤというフォーマットであるが為に殺戮の嵐に飲み込まれていく理不尽さは理屈が無いだけに現世に起こる究極の地獄と言っていい。人類が集団で犯す狂気であり、人間に潜む闇とも言える。

 アウシュビッツに潜入したポーランド将校ヴィトルト・ピレツキの克明な報告を取り上げたドキュメンタリーを観たことがあるが、本編に描かれているようなコミカルな世界観は微塵もなく、ただ獣と化したナチスSSの有り様と家畜以下のまさに地獄の日々が捉えられていて、ただ普通の生活が天国と思える感慨を強くした思いがある。
 
 この物語はそのホロコーストにおいて立ちはだかる困難をゲームに置き換えてグイドの幼い息子ジョズエを生かそうとする姿を描いている。

 ゲームに勝ったら戦車に乗って家に帰れるご褒美があると幼いジョズエに言いくるめるのである。
 
 グイドがかつて平和の時代、クイズのやりとりで懇意にしていたドイツ人紳士とホロコーストの施設で再会するシークエンスがある。ドイツ軍の軍医になっていたその紳士はグイドがいることを見つけるやいなや、大事な話しがあるからとグイドを呼び出す。助けてくれると思いきや今悩んでいるクイズの話しをし始めた。
 これはナチの狂気を表象しているシーンである。

 そしてグイドはあっけらかんと射殺され、かくれんぼをしていたジョズエは解放の朝、連合軍のシャーマン戦車が目の前に現れたのを見て「わー戦車のご褒美だ」と叫んでアメリカ兵に乗せてもらう。
 そして行軍中に道脇にいた母ドーラと再会する。
 成長したジョズエが最後に語る。「これが私の父が命を賭けて捧げてくれた私の物語である」と。

 ロベルト・ベニーニの思いである「人生はどんなに辛いことがあっても生きるに値するほど美しい」が根底に流れている作品である。
 そして全編に流れる叙情性溢れる音楽が素晴らしく印象的である。