風に立つライオン

生きる LIVINGの風に立つライオンのレビュー・感想・評価

生きる LIVING(2022年製作の映画)
4.0
2022年制作、黒澤明の名作「生きる」(1952年)のイギリス版リメイク作品である。

 この作品は、戦後の日本という設定を1953年の英国ロンドンに移して、余命宣告を受けた公務員が人生を見つめ直す姿を描いている。英国らしい柔らかさを吹き込んでいて何の違和感もなく、すんなりストーリーに入り込むことができる。
 黒澤版の『生きる』も実はトルストイの短編小説からもってきているがそれを黒澤映画の鉄壁の三銃士たる黒澤、橋下、小國らが脚本化したもので国や文化が違っても物語が人の心の琴線に触れていて根底に人間の本質や人生の普遍性が流れているが為に何の違和感もなく没入できる。

 この物語は「生きる」とはどういうことなのか、何のために生きているのかを大上段ではなくしっぽり問いかけていてラストのブランコでの歌は必然、心に染み入ることになる。おそらくどの国でリメイクしても同様の感動に包まれるはずだ。

  魂の揺さぶりや心の感動に
 国境や障壁はない

 それにしても英国のお役所を見たわけではないものの公僕の描き方にリアルなものを感じてしまうのは各国共通にその体質があるからなのだろうか。仕事振りや住民対応を観ているとこれってあるあると思ってしまい、現代においてもそう変わらないようにも思える。

 さらにリメイク版は、挿入歌もどことなく原作を思い起こさせる。黒澤作品では印象深いシーンで主人公が「命短し、恋せよ乙女」で始まる『ゴンドラの唄』を歌う。恋せよと前向きに促しながら、そうできなかった誰かを感じるし、更には為すべきことややってみたかった生業を残して人生の終盤を迎えてしまうといった感もあり、「恋」にメタファーが込められていて哀感のある切ない歌詞だと感ずる。
 一方であれもしたかった、それもやりたかった、これはすべきだったと「葬式済んでの医者話し」的な事態は皆誰しもありがちではあるが、この映画によって実はこんな事を感ずるようにもなってきた。
 忙しい毎日を大火なくあくせく過ごして来たが、実はそうした平凡さや凡庸の中に「幸せ」というものがそもそも潜在していたのではないかと。
 もっと時間が欲しい、もっとお金があったらと人なら誰しも考えているが、家族が健康でいて、働くことが出来て、趣味も持っている、考え方次第では幸せが内在していたんだろうと思える。ただ、見えなかっただけなのか、いや、見ようとしていなかっただけなのかも。
 そもそも幸福はその量や大きさ、密度は計測出来ないもので自覚するのが難しいものなんだろうと思う。おそらく一歩そこから外れて地を這うような目に遭うと自覚出来たりする。
 この映画はそんなことを思い描かせてくれる。

 リメイク版におけるその挿入歌にはスコットランド民謡のThe Rowan Treeが使われている。
 歌詞は四季を通じたナナカマドの美しさをひたすら讃え、後半で幼き日のかつての父や母の思い出を語る。スコットランド民謡らしい郷愁漂うシンプルなメロディーと相まって、美しさ、懐かしさ、切なさを感じさせ、『ゴンドラの唄』と重なりこちらも心に染み入る歌である。

 オリジナル作品ではトーンの暗さやセリフの聴き取りにくさはあるものの、やはりきめの細かさ、回想時の主人公における艱難辛苦模様の圧力とラストに来ての解放など30分程長くなるとは言え、ブランコの歌までへのもっていき方が格段に光っている。

 しっかりと人間とその生を見つめ、人生の意味を考え、生きる意味を感じ取れる仕組みを内包し、琴線に触れる映画というのは自ずと万国共通の感動をもたらすことになるのではないだろうか。