このレビューはネタバレを含みます
1975年制作、スタンリー・キューブリック監督による18世紀のヨーロッパ貴族社会の中でアイルランド青年の栄華と没落を描いた歴史ドラマである。
キューブリックが近世ヨーロッパ社会を描いた映画というだけで、時代考証の粋とそのリアル感、クラッシック好きな彼の用意する楽曲、そして映像美を観たいとの感慨が湧いたことを記憶している。
アカデミー賞撮影賞、歌曲賞、美術賞、衣装デザイン賞を獲得しているだけあり、鑑賞して溜息が漏れたことは言うまでもない。
一介のアイルランドの農民だった青年バリー・リンドン(ライアン・オニール)が如何にして貴族社会に成り上がっていったのか、決して善人ではないその波瀾万丈の人生を描いている。
登場する英国軍やフランス軍、プロイセン軍の当時の有り様とその戦闘模様に圧倒される。
「戦争と平和」や「ワーテルロー」でも描かれていたが、当時は飛び交う砲弾の中を整然と隊列を組んで歩行進軍するスタイルであったようだがこれは相手からすると相当な威圧感があったであろうが兵の命の大切さもへったくれもない戦闘態様である。
登場人物の風情もあたかも中世絵画から抜け出してきた趣きがある。
彼らを映し出す映像は光と影に浮かび上がるレンブラントかフェルメールの絵画を彷彿とさせる。
その風情を可能にしたのはローソクの光だけで明るさを創り出す当時にはまだ存在していなかったNASAのアポロ計画仕様に開発された光学レンズであった。
現代ではスマホカメラがそれを優に上回る機能を有しているが、当時としては先進であったであろうし、それが醸し出す映像もリアリティーに溢れていて夜の室内は自然にセピアで実際こんなであったろうと思わせてくれる。
使われている音楽も序盤の「アイルランドの娘」は印象的で、翌年ボブ・ジェームスがクロスオーバーサウンドで取り上げている。その他ヘンデル、バッハ、モーツァルト、シューベルトなど宮廷音楽家達の楽曲が並ぶ。
主人公バリーは決して善人ではない分、主人公に入れ込まずに客観視して淡々と観ることになる。
興行的には振るわなかったが、キューブリックが描く近世ヨーロッパの趣と風情を映像美として堪能出来る素晴らしい作品であると思っている。