風に立つライオン

空母いぶきの風に立つライオンのネタバレレビュー・内容・結末

空母いぶき(2019年製作の映画)
3.2

このレビューはネタバレを含みます

2019年制作、若松節朗監督による近未来の日本領土侵犯有事を描いた戦争ポリティカルサスペンス映画である。
 
 空母保有は海上警備隊創設時からの悲願であったが、日本国憲法が交戦権の不保持を謳い、専守防衛に徹するを旨とする解釈としているため、これまで幾度となく建艦計画が頓挫してきた歴史がある。
 GHQが日本の軍事力再生を恐れた背景もあり、徹底的に牙を削ぎ落とした名残が今日まで続いて来たとも言える。
 結果として世界的にも稀にみる平和国家として存続して来た。
 その過程で憲法を上回る概念として生存の為の自衛権は自然権として認められていることに鑑み自衛隊が発足し武器保有が行われて来ている。ただし、航空母艦はその機能からして攻撃性が色濃く顕れる兵器で専守防衛を担保出来ないものとしてリベラル勢力による圧力下、これまで政府見解において建艦断念が続いて来た経緯がある。
 この間日米安保の力学と世界情勢の変化とも相俟って大戦後75年以上を経るに至り、我国独自の防衛力が前のめりになりつつあり、実質空母と呼べるものが1番艦「いずも」、2番艦「加賀」として稼働を始めている。
 日米安保の力学の変化と記したのはそもそもこの条約には日本が攻撃されたらアメリカは助けてくれるも、アメリカが攻撃されても我国は参戦しないという片務性が内在していたところに集団的自衛権構想が浮上し「Show the Flag」として我国も参戦するという実質的双務性が生まれている現状がある。
 アメリカの作った日本国憲法が今やアメリカが我国を歯がゆいと思わせる皮肉を生んでいるのである。

 一方で普通の考えや、常識、正義と言った価値観が通用しない「何とかに刃物」が拳を振り上げているのに一回刺されてから防御に入る的な構図を余儀なくされている現実がある。
 もちろん戦争を起こしてはならない、戦争になってはいけない考え方は十二分に持ちつつ、その為の外交努力を為すべきは大前提である。
 しかし、現在のロシアのウクライナ侵攻が全てを物語っているが、圧倒的な力による攻撃にはペンと舌は無力である。それが如何に理不尽であってもである。
 ましてや国連が75年前の第二次世界大戦の戦勝国でフォーマットされている構造では無力であるのは自明の理である。
 強盗を犯している当事者に制裁の拒否権を与えているに等しい。

 国連が当てにならないことがこのウクライナ事案で鮮明に証明されてしまった現在、何をなすべきか真剣に考える必要があるだろう。
 原作はもろ中国の沖縄県尖閣諸島への侵攻と先島諸島の限定占領有事を描いており、極めてリアリティーある近未来を想起させる。 
 そして我国はこれを奪還すべく空母「いぶき」を主力とする第5艦隊打撃群を発動する。
 映画実写版では刺激を抑えたいのかありもしない架空小国「東亜連邦」という国がありもしない日本の南西海上にある初島(熱海の沖ではない)を占領したという設定でリアリティーないことおびただしい。
 こうした事に右つばさ君や左つばさ君達はそれぞれの立ち位置で対極的なハレイションを起こすことになる。
 彼らは私から言わせれば、それぞれ「現実主義者」(リアリスト)と「理想主義者」(ファンタジスト)と言ってもいいのかなと思ったりする。

 原作はこうしたリアルな有事を想定し、現状の日本国憲法には足枷が多く機能不全化しているとの問題提起と呑気なコンビニ模様を描きながら平和ボケした国情と国民に警鐘を鳴らすものとなっているが、映画ともなると現代兵器のメカニズムを戦争ゲーム的に描写し、ラストに至っては国連軍が颯爽と戦争の激化を防ぎ、某国を撤退させる御伽話と化している。
 時々顔を出すコンビニシークエンスは緊迫感をほぐすのに貢献しているのかもしれないが、「緊張と緩和」効果としてはいささかサスペンス感を減衰させこそすれ、映画の盛り上がりを削ぐ以外何ものでもないように感ずる。

 以上の如く突っ込みどころ満載ではあるものの、問題提起の方向は頷けるものがあるし、こうした視点の映画が希少である中で一定の評価はしたい。
 そして数少ない映画の中でも20年以上前に創られた「宣戦布告」と比較すれば希望的観測が強く、骨太感と危機管理シミュレーションのリアリティーと優位性という点で遠く及ばないと思える。
 
 「宣戦布告」での内閣の混乱振りと自衛隊出動へのハードルの高さの描写は凄まじいものがあり、20年以上経た今観ても何の変化もなく違和感なく観てしまえるところが何とも呑気な国家だと痛感してしまう。
 武装した国籍不明の軍隊が我国本土に上陸して戦闘を行っていても自衛隊が発動し、武器の使用が可能となるまでに200項目以上もの政府手続きが必要となる現実を見るにつけ、これが平和ボケし、事なかれ主義で今日まできた証左であると感ずるし、自衛隊の戦車の車列の先頭は警察パトカーとなるチグハグさを見るとむしろGHQの我国の徹底した牙抜きの現実に驚かされる。 
 
 
 問題提起の作品としていい映画であると思うし、「いぶき」の秋津艦長(西島秀俊)の一本線の通ったところは好感が持てたものである。