このレビューはネタバレを含みます
2017年制作、クリストファー・ノーラン監督による戦争サスペンス映画の秀作である。
陸、海、空の3つの視点を並進させながら第二次世界大戦の初期、1940年5月にイギリス軍を中心とした連合国軍がフランスのダンケルク海岸からドイツ軍に追い落とされる撤退劇を描いた作品である。
物語はイギリス兵のトミー(フィン・ホワイトヘッド)がダンケルクの街の市街戦から海岸へ逃げのび、多くの将兵達と救援を待つ『陸』の一週間、イギリスの民間人ドーソン(マーク・ライランス)らが民間船として救援に向かう『海』の一日、そして海岸や海上で撤退するイギリスの将兵達に襲い来るドイツ軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機やハインケル爆撃機を迎撃するファリア(トム・ハーディ)らスピットファイアー戦闘機の『空』の一時間の3視点をそれぞれ時間を並行させながら進行していく。
そしてそれらの時間軸が終盤には一点に収斂していくノーラン監督お得意の時空いじりの手法で描かれている。
イギリス軍の艦船が救出出動出来ない状況の中で民間船がこぞって救出に向かい30万以上の将兵を救出、帰国させる英雄譚で結ばれている点は日本海軍の「キスカ」の救出劇を想起させる。
映画は台詞を極力抑え、印象的な映像で物語が展開していく。
物語のトーンは撤退劇でもありダークではあるが、ワンシーン、ワンシーンが美しく印象的である。
海岸模様は実際の悲惨な戦争現場を想わせずにまるでモンサンミッシェルが映し出されてもおかしくない静謐さを以て描かれる。
ふとデヴィッド・リーン監督の「ライアンの娘」で描かれる海岸を思い出した。
とは言え一方で緊迫感の伴った予想だに出来ない映像展開が次から次へと迫って来るサスペンス性が充分に詰め込まれてもいる稀有な作品である。
人間ドラマの投影は希薄さがある分、賛否両論あるようだが、私はノーラン監督の視覚効果的な立ち位置から捉えた本作はなかなかいいと思っている。
彼は恐らくスピットファイアーのシルエットが大好きなんだろうと思う。
CGを使用しない映像は流麗でダイナミック、コックピットやパイロット装備もリアルでいてアナログ感溢れるものである。
ラストに本国の列車の中で新聞に掲載されたチャーチルの演説がトミーのナレーションで流される。
「撤退による勝利はない。
だが、この救出劇は一つの勝利
だ。
奇跡の脱出に感謝する。
フランスとベルギーでの軍事的
大敗に目を閉じてはならない。
次の嵐がすぐそこに迫ってい
る。
我々は諦めない。
フランスで戦う。
海で大海原で戦う。
いや増す自信と力で空で戦う。
いかなる犠牲を払おうとも、
我々は海岸で戦う。
上陸地で戦う。
野原で、街でそして丘で戦う。
決して降伏しない。
たとえこの島が征服され、飢え
苦しんでも大英帝国は海を越え
我らが艦隊に守られ戦い続け
る。
その時が来るまで。
新世界の大きな力が古き世界を
救済し解放する時まで」
その後に起こるバトル オブ ブリテンやノルマンディへの覚悟が語られている。
恐らくウクライナの将兵達も同じ感慨で戦っているのだろうと思う。
このナレーションが語られるバックに燃料が尽きるまで戦い続けたファリアのスピットファイアーがエンジンを停止したまま滑空し、ダンケルク海岸に不時着する映像が流れている。
そして着陸したそのスピットファイアーを自らの手で燃やし、無言でそれを見守り、立ち尽くすファリアを取り囲んだドイツ兵が彼を連行していく。
そこにはナレーションに重なる英国の不屈の闘志と覚悟が滲み出ていて秀逸である。