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浮き雲のmochiのレビュー・感想・評価

浮き雲(1996年製作の映画)
4.5
素晴らしい!映画の表現のさまざまな流派の中で、ある流派を選択し、それを極めるとこういうことになるんだろうな、という作品。現代の一般的な映画(ハリウッドとか)は文学における物語的なストーリーの刺激とわかりやすさを増大させる、という役割を映画に担わせている。そのため、映画でしかできない独特な表現、という観点を感じることは少ない。でもこの作品は映像表現としてしか成立し得ない。だから、映画のひとつの極地と言える。表情、カメラの構図、音楽。全てが恣意的に作られているんだけど、最も恣意性からかけ離れているように思える点が面白い。
辛すぎる現実、過酷すぎる状況を描く映画は長くなりがちだと思う。なぜなら最初にうまくいっている様子を十分に伝えた後に、それを落とし、最後の最後に上手くいく、というフェーズを踏まなければいけないから。最初の二つのパートは長くないと、現実的じゃないように見えるし、感動効果も薄くなりがち。でもこの映画は90分台に収めつつ、見事にこの三段階を伝え切っている。このことを可能にしているのが、最初のうまくいっているフェーズを短さ。しかし、短いからといって伝えきれていないわけではなく、むしろ十分に伝えている。路面電車に二人だけで乗り、車までたどり着いて共に帰る。このシーンのカットと構図と一連の流れだけで、夫婦の積み重ねてきた愛と絆が十分に伝わる。このことにより90分台に収めつつ、真ん中のパートを長い時間をかけることが可能となっている。素晴らしい!
最後の緊張感も素晴らしい。観ている私も共に祈った。おそらく他の人もそうだろう。客が傍観者ではなく、共に祈れる映画はそうない。祈るという行為は、第三者的な目線ではないから、観客は自分を映画に投影したり、逆に映画のキャラを自分に移し替えたりする。こうしたことを、わかりやすい大きな感情表現抜きで可能にしているのが、本当にすごい手腕だと思う。細かい仕草や体の動き、カットの構図、音楽。これらによって自然と引き込まれる。本当にカッコいいし、これぞ映画って感じ。
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