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不思議なヴィクトル氏のryosukeのレビュー・感想・評価

不思議なヴィクトル氏(1938年製作の映画)
3.7
 冒頭、狭い路地を歩く女の背後に着いたカメラがフラフラと揺れる不穏な主観ショット(に見えるカット)。なぜこのような、前後から浮き上がっているショットが怪しいムードを作る必要があるのかについてはすぐに観客に明らかにされる。母体の健康への不安で挙動不審になって母親に泣きつき、かと思えば息子の誕生に大喜びではしゃぐ動きがやかましいヴィクトル氏(レイミュ)。オーバーアクション自体がユーモラスな上にコメディー演出も施された好人物としての彼は、一枚扉をくぐり抜けた瞬間に跡形もなくなっている。その極端さは、彼の店の奥の扉は人格をひっくり返してしまう装置なのではないかと思わせるほど奇妙な感覚がある。全体的に緩いコメディー調である中に、時折主観ショットであるのか否かが曖昧なヌルッとしたトラッキングショットが挿入され、その不穏な印象によって本来的にはエゲツない話であることを思い起こさせる。
 靴屋の元嫁のアドリエンヌとロベールの会話も凄いな。あんたのせいでヴィクトルからの支援が打ち切られたんだから何か喜ばせるようなことを言えなどと平然と申し向けるアドリエンヌに対し「メス豚!」と応答するロベール。返す刀でビンタを食らわすアドリエンヌ。遠くから呼びかける男のセリフで、なんと二人がこれから披露宴だということが分かる。
 中盤の、大量の雨水を放出している雨どいのクローズアップから始まる、豪雨の晩の運命的な印象の俯瞰ショットが崩壊の知らせとなる。ヴィクトルが家に帰ると数年前に殺人の濡れ衣を着せた男が自宅の前に立っている。
 幼いバスティアンの息子に船のおもちゃをプレゼントするエピソードがあったところ、ヴィクトルはその直後に息子の父親に無実の罪を擦りつけてしまった訳だが、成長して悪ガキになったバスティアンの息子がヴィクトル邸を訪れると、今度は、ヴィクトルの息子がバスティアンを庇うために船の模型を渡す。不思議な因果を感じる小道具の使用。
 悪者であっても一面的に描かないのがグレミヨンだという評判があるが、本作もその例に漏れない。冒頭の描写からはサイコパスにしか見えないヴィクトルも、バスティアンの法廷では、無罪になれば自らが不利になるかもしれないのにバスティアンに有利な証言をし、父を失わせてしまった一家に対して援助をして、更にはバスティアンを匿うのだ。バスティアンの感謝の言葉を気まずそうな表情で聞くその顔。悪党のロベールもまたそういう人物として描かれており、連行されるバスティアンを見る時、彼は溢れ出す声を止めることはできない。
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