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オッペンハイマーのryosukeのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
3.7
 多すぎる情報量を溢れさせながら時空間を次々に切り替え、アングルやショットサイズをせわしなく変更し、ひっきりなしに曖昧な宇宙イメージを混入させる語り口は、画面連鎖によって運動を構築しようとする映画のお作法とは対極にある。できる限り言葉ではなく映像と音声によって語ることが望ましいという意味で、映画にはそれに相応しい適切な情報量というものがあるはずだが、この点に関しての逸脱も『テネット』より酷くなっている。しかし今回はオスカー等で評価されてしまったので、ノーランがこのスタイルを修正するインセンティブがないかもしれず、今後もあまり期待できないかもしれないと思う監督になってきてしまった。『ダンケルク』の骨太な作りで十分良かったじゃないかと思うのだが......。
 それでも性急な編集のリズムと劇伴だけで観客の興味を何とか途切らせない力技によって3時間を見せ切る腕力は流石なのかもしれないが。細かい断片の目まぐるしい積み重ねが、中盤の頂点となるトリニティ実験成功の瞬間の高揚感にまで高められていく様には非凡な迫力もないではない。でも結局このスタイルにはドラマもエモーションも運動もないし、良いとは思えないんだけど。この調子がオープニングだけだといいなと思いながら画面を見つめていたが、次第にマシになっていくとはいえ、基本的にはこれが延々続く。
 俳優陣は断片に切り刻まれたとしても鮮烈な印象を残しており、この点は良かった。「水爆の父」エドワード・テラーを演じたベニー・サフディの、尊大さと闇を充満させた顔が素敵。顔に影を重ねるライティングもあるのかもしれないが、『リコリス・ピザ』の彼とは全く印象が違う。フローレンス・ピューも、どの映画を見ても全く違った形での強烈な存在感を醸し出しており、改めて素晴らしい役者だなと。聴聞会の場でオッペンハイマーの妻を睨みつける顔など悪魔的ですらある。
 原爆投下の後、映画のテーマが赤狩りの場に収斂するとようやく見やすくなってくる。時折オッペンハイマーの脳内に響く足踏みの音が何だったのかが判明するまでの過程は上手い演出だった。葛藤を抱えつつもそれを隠し、聴衆の期待に応えてそれらしい演説をしなければならないというイヤなシチュエーション、感覚が見事に表現されており、オッペンハイマーだけにピントが合わせられ、彼の声だけが寒々しく響く演出がそれを補強する。
 聴聞会の場に集まってくるキーパーソンたち。遅ればせながら映画にドラマが生じる。オッペンハイマーの友人として、人間味に溢れ、親しみを感じさせる良い顔を見せていたローレンス(ジョシュ・ハートネット)とラビ(デヴィッド・クラムホルツ)が、異なった立場として廊下で顔を合わせる無言の瞬間。あるいは、鋭く対立しつつ次第に戦友のような関係性を築いてきたオッペンハイマーとグローヴス(マット・デイモン)が静かに頷き合う挙動。
 そして、夫に対し常に闘えと叱咤激励してきた妻(エミリー・ブラント)が、その強さを存分に発揮し、蛇のような執念深さで強い印象をもたらしていたロッブ(ジェイソン・クラーク)を鋭い切り返しで押し返し、苛立たせるシーン。クロスカッティングで差し込まれるストローズの公聴会のシークエンスにおいて、遂に感情を露わにして激高するロバート・ダウニー・Jrの迫力。本作はいい役者を揃えたことで何とか救われたように思う。
 そしてラストシーン、映画は空白地帯であったアインシュタインとの会話に回帰する。オッペンハイマーの罪業の巨大さは、キリアン・マーフィーの強烈な引力を有する不思議な青い目と地球の相似性をもって示される。
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