ryosuke

ヴェルクマイスター・ハーモニー 4Kレストア版のryosukeのレビュー・感想・評価

3.7
 冒頭、3人のおじさんを月、太陽、地球に仕立て上げ、くるくると回転するおじさんを必死に連動させようとする主人公。アホみたいな面白みがあるのだが、これ笑わせようとしてるんだよね?タル・ベーラは重々しい真顔で冗談を言うタイプなんだろうか。続けて、一本道をひたすら歩く主人公を延々トラッキングでフォローするショット。『サタンタンゴ』にも同じような印象的なショットがあったな。
 正直、特に前半はかなり冗長で、タル・ベーラの割にはイマイチ強度がない、ただ長回しをしているだけのカットが続き気絶しそうになる。初めてタル・ベーラに触れた『ニーチェの馬』にはオールタイムベスト級の衝撃を受けたのだが、その後『サタンタンゴ』『ダムネーション』そして本作と見てきても、どれも最初の衝撃には程遠い。自分にとっては一発目の衝撃が全てで、ほぼ同じスタイルの他作品を見てもそんなに......という人なのかもしれない。あるいは『ニーチェ』が特別優れているのか。それでも、影が壁面を端から徐々に黒く塗りつぶし、続けて光が白く塗りつぶし、その後に巨大トラックが姿を現すマジカルなショットなど、やはりこの監督の映画でしか見られない光景だと思うし、広場にたむろして凝固した人々の間で鳩の群れが飛び立つイメージも強力だ。
 広場によそ者のサーカス団が到着し、巨大なクジラと影としてのみ画面に映る奇妙な声の「プリンス」が不条理に町を崩壊させるという設定は奇妙な味わいがある。遂に暴動の予感が爆発する瞬間から見応えが出てくる。やはりタル・ベーラは闇と共に活性化するな。延々走る主人公のクローズアップ・トラッキングショットに「プリンス」の演説の音声が重なる奇妙な演出。そこに突如雷鳴のような音が鳴り響く。画面奥で闇を突き刺す光が崩壊を知らせる。ちょうど坂口安吾の『堕落論』を読んでいたのだが「偉大な破壊」は美しく愉しいものだ。引き続いてのショットも、群衆というもののパワー、圧力を最大限に引き出す強力なものだった。カメラを押しやるように迫り来る暴徒の群れ。
 そして、終盤に用意されている二つのロングテイク。かなり退屈な場面も多々ある映画だが、この二つに本作の価値が凝縮されており、これだけでも見てよかったと思わせる。そういう意味では歪な映画だ。まずは病院を破壊するロングテイク。これまでただダラダラ回しているだけのカットも散見されたが、このショットは長回しであることが最高の臨場感を引き出している。完璧な人物の出し入れとカメラワークを眺めながらどれだけリハーサルしたんだろうかと遠い目になる。あと、『サタンタンゴ』の棚破壊シーンとかもそうだけど安全管理大丈夫なのかと心配になるな。ベッドから引き摺り出される患者に対する鈍い暴力が生々しく、そこら中で破壊の喜びを存分に感じさせる騒々しい音が鳴り響く。そして、躍動するカメラの終着点において、暴徒が真っ白なカーテンを引き下ろすと、ミイラのような棒立ちの全裸老人がお披露目される。馬鹿馬鹿しさと神話の光景のような崇高さが同時に感じられる奇妙な瞬間。『怒りのキューバ』のあのショット等に匹敵するベスト長回しの一つになった。
 そして、これまた素晴らしいのがヘリコプターのカット。線路を走る主人公の背後から突如迫り来るヘリが、主人公の前に回り込む瞬間のダイナミズムと恐ろしさ!空から狙われる恐怖をこれほど克明に描き出したショットはそうないはずだ。続けて、主人公の顔だけを映しながら旋回する機体の存在を音で示し、しまいには、ヘリは轟音を放ちながらホバリングし、こちらをまっすぐ見つめ続ける......非人間的な「視線」の恐怖。カットが切り替わった瞬間に狂ってしまうのも無理はない。
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