ryosuke

ヘレディタリー/継承のryosukeのレビュー・感想・評価

ヘレディタリー/継承(2018年製作の映画)
4.3
 『ミッドサマー』『ボーはおそれている』もそうだったが、アリ・アスターは肉親の死を物語の起爆スイッチとして使わざるを得ない人なんだな。ずっとスクリーンで見る機会を待っていたが、これも期待に違わぬ歪な傑作だった。鳩の頭をハサミで切断するシーンなど生理的に嫌な描写に満ちているが、やがてこのイメージが繋がっていくのは......。クラブの音漏れのような鈍い四つ打ちの劇伴の使い方が独特で、最初は隣の部屋等から漏れ聞こえている物語内の音なのかと思った。
 チャーリーの事故死にまつわるシーンの演出がシンプルかつ力強くて素晴らしい。嫌な呻き声をあげるチャーリーが窓から身を乗り出すと、的確なカッティングが一瞬の破局をもたらし、暗い夜道に車が停車する静寂のロングショットへ繋ぐ。全ては終わってしまったという感覚。しかしこれにとどまらず、このシーンをどう終結させるかについてのアイデアにアリ・アスターのえげつなさが発揮されている。
 妹を死なせてしまった後に両親の待つ自宅に帰ると、何も知らない両親が、安心したように帰ってきたわなどと話しているのが聞こえてくるシチュエーション。翌朝、一睡もできなかったのであろうピーターの横顔に、両親の何気ない会話がオーバーラップするのだが、次第にその音は悍ましい悲鳴に移り変わっていく。路上に落ちた頭部については、はっきりと見せることを選ぶ。扉の陰から見える母の錯乱した姿。
 ただでさえ凄みのある映画に更に非凡な迫力を付与したのがトニ・コレットの熱演であることには誰も異論はないのではないか。最悪の食卓で、妹を死なせたピーターに対して感情を噴出する彼女の悪鬼のような表情に息を呑む。これまで何とかまともな母親というラインを保っていたように思うアニー(ただしチャーリーの事故について“killed”という表現を使って観客をドキリとさせていた)が病的な性質を露わにするこのシーンは、映画の開始と共に死体と化していた彼女の母エレンの生前の姿を想像させる瞬間でもある。恐らく、忌み嫌いながらも多くのものを引き継いでしまったのだろう。
 セラピーの場で何食わぬ顔で近づいてきた善良そうな老婆が、実は亡き母の悪魔崇拝カルト仲間であり、悪魔降臨のために家庭内を侵食してくるという設定は流石に想像の外だった(嫌すぎる......)。あまりに善良すぎて嘘くさいし何かあるとは思ったが......。途中まではホラー映画として十分良質ではあるものの、ぶっ飛んだイメージまではなく、むしろ崩壊家庭の不快なドラマとしての凄みを感じていたが、終盤はホラー映画的想像力の羽根で高く飛翔してくれた。
 燃え上がるスティーブと対峙するアニーを真横から捉えた素敵なロングショットが開始の合図。
スティーブの黒焦げ死体を目にして動揺するピーターの左後ろに、天井にへばりつく人影が映り、反対の右後ろの闇の中に不気味な人影が立ち尽くすと、アングルが切り替わったショットにおいて、部屋のもう一つの角から恐ろしい速度でアニーが飛び出してくる流れなどあまりに人が悪い。屋根裏部屋に逃げ込んだピーターを取り逃がしたアニーが高速で頭を打ちつける描写も、糸鋸のような首吊りも最悪だ。
 そしてラストシーン、怖いまま終わってくれても良かったが、アリ・アスターは観客を唖然とさせることを選ぶ。アニーの兄の遺書の「母さんが僕の中に何者かを招き入れた」という文言や、チャーリーが祖母から男になれと言われたというエピソードが回収され、何かが「完成」してしまう。『ミッドサマー』『ボーはおそれている』もそうであったように、アリ・アスターは、映画の最後は異世界であるべきだし、それと同時に犠牲者は閉所に幽閉されるべきだと確信しているのだろう。
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