茶一郎

静かなる決闘の茶一郎のレビュー・感想・評価

静かなる決闘(1949年製作の映画)
4.1
 今作『静かなる決闘』は、戦後の日本を舞台にした黒澤明監督「戦後四部作」の三作目、治療中の事故により梅毒に感染してしまった青年医師・藤崎(三船敏郎)の苦悩を描いた作品です。

 「戦後四部作」は全作、戦後独特の風俗をドキュメンタリックに物語に組み込み、自身の置かれた過酷な環境において、戦後の若者がいかにして生きていくかを描く作品群になります。
 しかし今作の冒頭、戦後ではなく戦中、激しい雨の下、野戦病院で働く医師・藤崎が梅毒の感染者である中田の手術中に誤って自分の手を切ってしまい、梅毒に感染するまでを迫力のある映像で映します。
 時を経て今度は戦後、町医者として戦地を離れて医療を続ける藤崎ですが、彼の血には病気の血が混じっている。タイトルの『静かなる決闘』はこの二つの血の決闘であり、それは欲望と理性の決闘でありました。

 黒澤監督の前作『酔いどれ天使』で、闇市を仕切る若いヤクザを演じた三船敏郎氏が、まさかの今作では後の『赤ひげ』並のヒューマニストになっているという驚き。そもそも監督曰く、『酔いどれ天使』の後、ヤクザ役ばかりに配役されていた三船敏郎のイメージを払拭させる意図が今作の配役にあったそう。
 ある種、『酔いどれ天使』の医師・真田の「人間に一番必要な薬は『理性』だ」という言葉を受け、真田の愛を受け、愛の奉仕者になったような三船敏郎=藤崎ですが、『赤ひげ』の仙人のような愛の奉仕者とはいかないというのも今作の肝になります。

 『素晴らしき日曜日』の雄造、『野良犬』の村上、そして今作の藤崎と、「戦後四部作」は復員軍人の主人公、戦中に戦場において大きな傷を負った人物が主人公の物語。今作の藤崎は戦中、戦場で文字通りの「傷」を負い、戦後もその理不尽な傷により「理性」と「欲望」との葛藤を強いられた人物であります。これは『野良犬』の犯人とも重なり、監督は藤崎を戦中青年の象徴として描いたのではないかと思います。

 特に今作の後半の見どころは、藤崎の葛藤、藤崎の中の欲望と理性との決闘を演技で魅せる3分40秒のワンシーン・ワンカット。彼の「正しくなさ」、「弱さ」が現れるこのシーンこそ、当時の戦後の若者の葛藤と共鳴するもののように感じます。
 「欲望を徹底的に叩きのめしてしまおうとする道徳的な良心だけがのさぼっているんだ」監督が「戦後四部作」で描いたヒーローは、過酷な環境においても欲望を道徳的な良心・理性でもって打ち負かす人物でした。
茶一郎

茶一郎