むさじー

上意討ち 拝領妻始末のむさじーのレビュー・感想・評価

上意討ち 拝領妻始末(1967年製作の映画)
4.0
<封建社会に立ち向かう愛と尊厳>

会津松平藩の笹原伊三郎は、主君の側室として男児を設けたいちを長男・与五郎の妻に拝領するよう命じられ、藩命には背けず受け入れる。望んだ結婚ではなかったものの二人の間には愛情が芽生え子どもにも恵まれた。しかし主君の嫡子が急死したことから、新たな世継ぎとなった菊千代の生母であるいちを大奥に返上するよう命令が下される。
家長だが婿養子として今まで忍従を強いられてきた伊三郎は、不憫な嫁に我が身を重ねて気持ちを通わせ、一方のいちは、意を汲まずに大奥に送り出した実家と違い、嫁として大事にしてくれる夫と義父の愛に恵まれ本当の家族になっていた。
だから大奥に戻す厳命が下っても、お咎めを恐れる親戚から圧力がかかっても屈することはなかった。伊三郎父子もいちも、理不尽な仕打ちに対し守るべきは家よりも個の尊厳だと気づき、己が威厳を取り戻していく。
そして表立って反抗することのなかった伊三郎は死を覚悟した時「今、生きている気がする」とつぶやき、側室の身に耐えてきたいちは思いを秘めたまま壮絶な最期を遂げる。
封建社会にあって主従関係の不条理に怒った男が爆発する展開は『切腹』に似ている。しかし同作が武士道の持つ虚飾性、残酷性へのアンチテーゼであったのに対し、本作は愛と尊厳のために武士道を貫く男と自らの意志で生き抜いた女の話なので趣きは異なる。鬼気迫るようなバイオレンス性はなく、人としていかに生きるかという静かだが確固とした志のドラマになっている。
無駄を一切削ぎ落としたモノクロ映像美と、格調高い演出がそれを一層際立たせていて『切腹』と並び得る傑作だ。
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