ジャン黒糖

籠の中の乙女のジャン黒糖のレビュー・感想・評価

籠の中の乙女(2009年製作の映画)
3.7
ヨルゴス・ランティモス監督ギリシャ時代の作品。
本作は2009年のカンヌ国際映画祭である視点部門グランプリ受賞、翌年のアカデミー賞では外国映画賞にノミネートされ、ギリシャ映画界を牽引する若手監督として名が知られるきっかけとなった一本。
いやー、変な映画だった。笑

【物語】
ある裕福な家庭で父の徹底した管理のもと、母と共に2人の娘と息子は家から一歩も出ることなく、外界から隔離された生活を送っていた。
ある日、成人近い長男の性欲処理を目的として父に雇われた女性クリスティナが家を訪問する。
家族以外の外界の人物の訪問に興味を示した長女はクリスティナと接触し、徐々に自身が当然として育ってきた環境に異変を感じ始め、やがて兄弟たちは性的倒錯を覚え始め…

【感想】
前情報も無しに観ると混乱した。
食卓に並ぶ調味料を指差し、次女は「電話とって」と母に言う。

ん、ん?!

話が進むにつれ、徐々にこの奇妙な物語の骨格が見えてくる。
なるほど、外の世界から隔絶された彼らには外の世界とアクセスするような言葉は違う意味に変換されて教え込まれているのか。
空を飛ぶ飛行機を見ては危険だといい、外の世界は汚れているからといって、門扉より先には父以外だれも一歩も踏み出ることを許されていない。

しかし、そんな子供たち3人の心境も、クリスティナの登場によって徐々に変化していく。
人々を遠くへ連れて行ってくれる飛行機に対する長男と長女のケンカ。
生物学的な意味での生殖機能への次女の興味関心。
目隠しをしての兄妹3人での入浴。

外の世界との接続が極端に閉ざされたとき、物事を本来の意味を逸脱した感覚で曲解して捉えてしまうことの恐ろしさを、ある種の危険な心理実験を覗き見ているような感覚で味わうことができる。
極めて不条理、且つ不快な寓話ではあるけれど、セクショナリズムの壁が大小様々な社会問題を引き起こしてもいる現代においては、同時に極めて普遍的な問題の恐ろしさも浮かび上がらせてもくれて怖い。

犬歯が抜けたら外の世界に出られる。
父にそう教わってきた長女は、クリスティナに借りたアダルトビデオを見たことで外には自分の知らない世界が広がっていることを知る。
性を知ることで閉ざされた空間にいる自身が、外の世界を世界を知る、という構図自体はまさに『哀れなるものたち』序盤のベラそのもののようだった。

では長女はどう行動を取るか。
ここが衝撃的過ぎた…。

ダンベル…マジ…いてぇ、、、。
軽くトラウマになってもおかしくないショッキングな場面だった…。

果たしてラストは自由を得ることができたのか、それとも。
絶妙に静的なラストで、これはポジティブにも捉えることが出来るし、ワーストケースもあり得る。
ラストをどう捉えるかは相変わらずランティモス監督らしさ満点の委ね方。
ポジティブな気持ちでその場面を見始めるも、あまりの音沙汰の無さに最悪の場面が頭の想像を掻き立ててくる。


また、ジャケットにもなっている姉妹によるダンスシーンは、なんとも癖の強いステップが妙にハマってしまう。
ただこの場面も、『哀れなるものたち』のベラが踊った舞踏会シーンと同じく、男性によって抑圧された主人公が、それでも本能的に湧き立つ気持ちを抑えきれず、その結果がダンスというアクションに昇華されたかのような身動きがこの作品テーマと合致して見入ってしまう。
だからこそのラストの衝撃よな。。


子供たちを演じた3人ともいずれも良かったなぁ。
長男役のクリストス・パサリスさん、怒りを溜め込めているようで、感情の発散の仕方もわからず、ただただ親の手引きに従って性的な行為を行う兄、といった感情の見えなさがこの映画の不穏さに絶妙な味付けをさていて最高だった。なんか見た目がシュワちゃんの息子、パトリック・シュワルツェネッガーにどことなく似てるんだよなぁ。
長女役のアンゲリキ・パプーリアは本作のあとも数本、ランティモス監督作に出演するけれど、彼女の父に支配された娘の力にならない抵抗感が目に宿っている感じが良かった。
また、次女役のマリー・ツォニも、上2人に比べたらまだ未熟で甘えん坊な部分が残る、けれど上2人がケンカしたり親に注意される分、客観視もできているまさに末っ子感あって良かった!
(出演作が少ないなぁと思って調べると、実はマリー・ツォニ、2017年に29歳の若さで亡くなっていたんですね。。。悲しい…)

そしてそんな3人を洗脳、支配する絶対的な存在の父を演じたクリストス・ステルギオグル、あの出立ち、中年体型、顔立ち、最高に最低な男過ぎましたね…。
こういう男を怒らせたら大変よな。。




という訳で、本作もまた、ランティモス監督らしい、めちゃくちゃ癖が強い洗脳された家族を描いた寓話ながら、実は社会への普遍的な皮肉が利いたブラックユーモア満載だった。
大変面白かったです。
ジャン黒糖

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