広島カップ

サイコの広島カップのレビュー・感想・評価

サイコ(1960年製作の映画)
5.0
私的映画史に燦然と輝くサイコスリラーの傑作。

劇場初公開の際にはストーリーの口外禁止を訴えるアナウンスが劇場内にあったということですが、仮にストーリーが分かっていたとしても二度三度劇場に足を運ぶ観客は多かったのではないかと感じます。
ストーリーとは別に緊張を強いられ不安を駆り立てられる作品構成と画力の強さは中毒になります。

前半は主人公の女マリオン(ジャネット・リー)による現金持ち逃げが警察に捕まるかどうかの緊張を、そして見事な編集による芸術的な"あの場面"から後は方向性が全く異なる別の緊張を張るという二段構えの作品構成。

因果応報だけれども因に応していない辛すぎる報い。主人公が犯した罪に見合った報いを受ける訳ではない作品の前半の展開に「えっ!」となり、こんなに長い尺が必要だろうかと思う程の殺しの痕跡を消す作業に割く時間。衝撃の余韻を存分に楽しめッとヒッチコックに言われ「さあここからがお待ちかねの第二幕だよ」と振られるスリラー・コース料理の構成の見事さ。

全編に漂う不気味でない場面までが不気味に見える不思議な感覚。
これは屋内外での静けさにあるのではないかと思います。
屋内の場面での光は下方から当てる、エコーをわざとほぼゼロにしているであろう音響の空虚感。当然ですがモーテルの客間に居る剥製達も動きを止めている。
屋外でも主人公が立ち寄る中古車屋での微風を除いてはほぼ無風の状態。
そして一転"あの場面"に合わせるかのように降らせた篠突く雨をシャワーと呼応させて持って来るという憎さ。
この気象の強弱により不気味さを演出した見事さ。

もう一点が後半の主人公ノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンス)の佇まい。
ひょろりとした身長を不気味にする演出。やや猫背にしポケットに両手を突っ込ませながら足取り軽く動かせ、覗き穴を屈ませて覗かせ、沼に沈みゆく死体の乗せられた車を静かに眺めさせる。
七三分けの彼の"ひょろり"を存分に不気味に仕上げました。

養鶏場からニワトリを盗み食いした女狐、森の中に逃げ込もうとするが思いもかけず双頭の蛇のテリトリーに踏み込んでしまい毒牙にかかる。
女狐に同情する暇や傍に落ちているニワトリがどうなるかに気を使う余裕も与えず、ひたすら蛇の素性について考えを巡らして行くよう観客を誘う確信的なストーリー。

劇中、モーテルの客間でノーマン・ベイツがマリオンに向き合って言う台詞にあります。
「人は皆罠にかかっていて逃げられない」
人の中には当然観客も含まれます。ヒッチコックの罠にマンマとかかって下さい。
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