Hopelessness

ニュー・シネマ・パラダイスのHopelessnessのネタバレレビュー・内容・結末

4.8

このレビューはネタバレを含みます

冒頭、ローマの映画監督である主人公トトは故郷の映画技師アルフレードの訃報を伝え聞く。本劇の大半は、トトがアルフレードたちと過ごした青春時代の日々の回想録が占めている。

回想録はトトが小学生の頃からスタートする。第二次世界大戦が終わって間もないイタリアの村でトトは映画に魅せられ、映画技師をするアルフレードものとに足を運ぶようになる。アルフレードは映写室に籠りながら、観客のために映画を回しつつ、神父に言われ映画中のキスシーンなど教会として許容できない場面を(文字通り)カットする検閲作業をしていた。トトは時折カットされたフィルムの切れ端をこっそりと持って帰り、家で眺めていたのだった。そんなトトは、アルフレードに(表面上)鬱陶しく思われながらも映画技師としての仕事を見て覚えるようになる。
そんなある日、フィルム焼けから映画館が火事になってしまいアルフレードは視力を失う。映画館はサッカーくじを当てたナポリの男がお金を出し再建し、小学生のトトがアルフレードに代わり映画技師として働くことになる。

青年となったトトは、自らの身の回りの映像を撮るようになる。そんな中、トトは転校生エレナに恋をする。一度は振られてしまうものの、アルフレードから聞いた「女王と兵士の100日」という話のごとく、映画館での仕事が終わった後に毎晩エレナの家の前で、彼女が自分を愛してくれるのを待つようになる。夏が終わり、冬になり、年が変わるまで待ち続け、二人は結ばれる。しかし二人の時間は長くは続かない。トトは徴兵を受けローマに、エレナもまた大学に行くため村を離れてしまう。
徴兵から帰ったトトには、村はどこか様変わりしたように見えた。自らの居場所であった映写室には知らない男が座っている。エレナとは連絡が取れなくなってしまった。そのうえでアルフレードには「もうお前とは話さない、お前の噂を聞きたい」と村から出てローマに戻れと言われる。
旅立ちの時、アルフレードはトトに「自分のすることを愛せ、子供のとき映写室を愛したように」と言い残して旅立つところで回想は終わり、ようやく物語は冒頭に追いつく。

アルフレードの訃報を聞き、名の知れた映画監督となっていたトトは30年ぶりに村へ戻ってくる。かつてトトが村人に映画を見せていた映画館はすでに閉館しており建物が取り壊され、駐車場になることを聞く。アルフレードの葬儀が終わり、トトは形見の映画フィルムを渡される。ローマに戻り、一人そのフィルムを見るとそれは少年時代のトトが欲しいとねだった、検閲作業でカットされたキスシーンを集めて編集したものであった。
そして物語は、このアルフレードが残したフィルムと同時に終わる。

長くなってしまったが以上が本劇の内容になる。ここから青年時代のトトとアルフレードのやり取りについて「映画」を補助線にして考えてみたい。

まずトトの少年時代、映画は村で唯一の娯楽として生活の一部として受け入れられていた。人々は映画館に集ってともに笑い泣き、検閲されたシーンに文句を言う場であり、一つのインフラであった。火事の後、映画技師の仕事を引き継いでから、トトは学校をさぼってでも映画館での仕事をしていた。しかしアルフレードはトトに学校へ行くように促す。
トトの青年時代にも映画は変わらず村の人気コンテンツであり、映画館に来る人々はみなトトが流す映画に歓声を上げるのだった。しかし、兵役から戻ったトトにアルフレードは再び村を出るように言う。

トトの少年時代、青年時代と一貫してアルフレードはトトが村の映画技師として生きることに反対している。
少年時代に学校へ行かずに映画技師の仕事をするトトに対して、
「これはお前の仕事ではない。お前にはもっと別の大きな仕事がある」
兵役から帰ったトトに対して、
「人生はお前が観た映画とは違う、人生はもっと困難なものだ」「お前は若い、前途洋々だ。私は年寄りだ。もうお前とは話さない、お前の噂を聞きたい」
旅立つトトとの最後のやり取りでは、
「帰ってくるな、私たちを忘れろ。手紙も書くな。郷愁に惑わされるな、全てを忘れろ」「自分のすることを愛せ、子供のとき映写室を愛したように」と告げる。
これらの言葉は一貫して、映写室での技師としての仕事がアルフレード自身の(過去の)ものであること、そしてトトのような若者がそれにこだわることはないと示唆している。
村の、そして映画技師としての仕事は、停滞して、受動的で、誤った全能感の象徴としてあらわれていることがわかる。

一方でトトは、エレナとの恋ではアルフレードから聞いたおとぎ話のように、そしてアルフレードに村から出るように言われたとき「それは誰のセリフ?」と聞いているように、想像の世界から抜けていないことが読み取れる。つまり、空想的な思考と映画を流す、見るという作業に浸っていた。
このようにトトの青年期にアルフレードが突き放すような言葉を投げかけることは、アルフレードが映画技師という仕事をどのようなものであると考えていたか、そしてトトが映画の中の世界に染まっていたことを考えれば自然な流れであるともいえる。

30年ぶりに帰郷したとき、映画館が取り壊されるシーンは、村での映画そのものの受容のされ方がテレビなどの台頭で変化したことと同時に、映画技師そしてアルフレードの役目が過去のものとなったことを象徴的に示しているのである。
Hopelessness

Hopelessness