亘

そして人生はつづくの亘のレビュー・感想・評価

そして人生はつづく(1992年製作の映画)
3.7
【歩み続ける人々】
1990年のイラン北西部ルードバール地震後、映画監督が息子プヤと共にコケル村に向かう。「友達のうちはどこ?」の主人公アハマド少年を探しているのだ。その道中困難な中でも暮らしを続ける人々に出会う。

映画監督の男と子が地震の被災地を回るロードムービー。ロードムービーとは言っても2人の関係性に変化があるわけではなく、被災地に暮らす人々を描き続けるドキュメンタリーに近いかもしれない。壊滅的な被害を受けた街並みが映るけども、人々はまるで起きたことは仕方がないかのように前向きに生き続ける。

映画監督の男は息子プヤを連れてコケルへ向かう。しかし道路の通行止めなどがあってスムーズに進まない。幹線道路沿いは建物が崩れ壊滅的な状態である上に渋滞がひどい。あきらめて舗装されていないわき道に入ると、今度はのどかな自然が広がり、人々が歩いて生活資材を運んでいる。ここから監督と地元住民の交流も始まる。

この作品が大きく動くのは、水をもらいに住民の家に寄ってから。この家で監督は水を待ちながらその家の住民と話し、プヤは探検する。特に印象的なのは、地震直後に結婚した男性の話。地震で親族が亡くなったにも拘らず、「目上の指示を待たなくても良い」「死は突然やってくる。せいぜい人生を楽しまないと」と結婚を結構する姿はたくましく見える。過去に囚われずに未来を見ているのだ。

その後出会う「友達のうちはどこ?」の出演者パルヴァネの家族やその周囲の人の姿も印象的。少年パルヴァネは地震で被災したけど元気にプヤとイタリアW杯について賭けをするし、別の家を失った青年はW杯の放送を待ちわびる。「家族が死んだ人がいるのにTV見たい?」という問いへの「仕方ない。W杯は4年に1度」という答えは、もしかしたら日本だったら"不謹慎"と諫められてしまうかもしれない。でも彼は運よく生き長らえることのできた生を精いっぱい楽しもうとしているのだ。

本作は、監督が1人でアハマドを探しに行く場面で終わる。そこで坂道を登れなかった車を助けてくれた男性を乗せて峠を越えようとする。これは人々の助け合いを表しているのだろう。震災を受けてもくよくよせず、生きる喜びや助け合いを忘れない人々の姿が印象的な作品だった。

さて本作で気になったのは、監督が村のおじいさんに「ここはおじいさんの家か」と聞くシーン。おじいさんが「ここは映画上の家だ。自分の本当の家は壊れた」とあっけらかんと答えてしまう。
これは、キアロスタミ監督の直前の作品「クローズアップ」から影響を受けた虚実の境を問う演出だろう。フィクションではおじいさんは役者に見えるけど、ここで観客はおじいさんもまた地震の被災者だと気づくのだ。この虚実の境を問うのはこの後のキアロスタミ監督の特徴だし、本作はその特徴が表れた初期の作品と言える。

印象に残ったシーン:監督が結婚した男性と話すシーン。車が峠を上るラストシーン。

印象に残ったセリフ:「死は突然やってくる。せいぜい人生を楽しまないと」
亘