ジャン黒糖

アイズ ワイド シャットのジャン黒糖のレビュー・感想・評価

アイズ ワイド シャット(1999年製作の映画)
4.0
言わずと知れた名匠スタンリー・キューブリック監督の遺作にして、当時実際に夫婦関係にあったトム・クルーズ&ニコールキッドマンが夫婦役で共演した本作。
昔、学生のときにキューブリック監督作を一気見して以来の再鑑賞。
非常に変な映画だけど、大人になって妻子持ちになって改めて観ると身にしみる所も多い1本だった。

【物語】
ニューヨークで内科医を務めるビルはある日、自身の患者からの招待でパーティに妻と参加する。
その会場で紳士と楽しげにダンスを踊っていたアリスを見たビルは、寝室でそのことを彼女に話すが、その際の彼のある発言に対し、マリファナでハイになっていた彼女は強く反応し、夫婦間の嫉妬にまつわる口論に発展。
口論の末、彼女は以前出会った男性に対して抱いた性への欲望を夫に打ち明ける。
妻が抱いた性への妄想が頭から離れないビルは悶々とするなか、旧友との再会をきっかけに自身もある淫靡な世界観に包まれた謎のパーティに参加するのだが…

【感想】
トム・クルーズとニコール・キッドマン、当時実際に夫婦だった2人による共演が話題となった本作。
まずはこの2人の演技合戦が見どころ。

ウン十年ぶりに本作を観たけど、ビルとアリスという夫婦間の嫉妬をめぐって対話を重ねる会話劇は、演じる2人が実際に当時夫婦だったというリアリティから醸し出される妙な緊張感が凄い。
序盤、真っ裸の2人が寝室で抱き合うシーンは観てはいけない瞬間を目撃してしまっているような、虚実が混在し倒錯的感情が湧き立つ。

特にアリスを演じたニコール・キッドマン。
彼女は本作で序盤と中盤、彼女が味わった性にまつわる妄想、夢をビルに打ち明けるのだけれど、この場面の演技が凄く、ビル同様、観ている自分自身、アリスに魅入られ、そして困惑する。
マリファナでキメてるアリスが怒りだしては笑い上戸になる場面は、演技というよりは何かが取り憑かれたかのような感覚に近く、彼女の告白に引き込まれてしまった。
あと、言うまでもなく、このころのニコール・キッドマンは美し過ぎる。
そりゃビルもアリスにうっかり失言してしまうわ。笑

一方のビルを演じたトム・クルーズ。
彼は本作の主人公ではありながら、目の前で起きている出来事に対してほとんど受け身となっている。
妻からの告白、序盤のパーティ会場での診察、そして中盤の乱交パーティにまつわる一連の出来事。
唯一、風俗や乱交パーティへ行こうとするときだけは積極的だけど、ほかはほとんど目の前の出来事に戸惑いながら黙っている。
いまやサービス精神が旺盛過ぎるアクションスターとしてのパブリックイメージが強いトムが、ここまで抑圧、抑制された演技に徹しているのもいまとなっては珍しく、キャスティングミスでは?という声があるのもわかるけれど、個人的にはこれまたリアリティある演技で、主人公同様淫靡な世界観にずるずると引き込まれてしまう。


現実で不貞を働こうとした夫と、夢の中で不貞をしてしまった妻。
どちらも実際に行為を致した訳ではないけれど、2人ともが性に対する妄想、嫉妬に駆られる様が、妙にリアリティがあって面白い。

幕間でビルとアリス、2人のある1日の出来事が端的に描かれるが、このわずかな場面でも、2人が性への欲が湧くに至る要素をいくつか垣間見せる。

ビルは日中は内科医として勤務し、美醜問わず様々な女性と会話、ときに触診したりする。
アリスはその間、娘の面倒を見たりするが、基本的にはずっと家にいる。
(家の中だからこそできるアリスの気の抜けた大きなあくびは、実際の我が家のようで思わず笑ってしまった笑)

そんな、ある一日を切り取るだけで2人の生活の違いから、そのあとの妄想の旅へと地続きに繋がるのが面白い。

アリスは、普段はメガネ姿で、ずっと家にいて、日中家にいないビルがパーティで若い女性と楽しそうに話している姿を見ては口説いたり、仕事場で会う患者ともセックスをしているのではと思う。
そして、彼女自身はたまの旅行やパーティで出会った男性との妄想、夢を見てはその意味を考えてしまう。
一方ビルは序盤、夫婦であり娘の親であるからこそアリスは浮気をしないと信じている、だから嫉妬しない、というが、彼女の告白以降、自分が思っていた彼女の人物像が揺らぎ、世間と接する彼女が何を想い、何をしようとしているのか、と嫉妬からくる妄想の世界に悶々とする。

もうこの寝室のクダリだけでぐいぐい引き込まれてしまう。


そしてここから先は、夜のニューヨークからの乱交パーティ、とビルにとって長い夜の話、そしてその後、が描かれるが、この一連の出来事そのものがまさに夢のようで、ビル同様、観ている自分もまた、どこからが現実でどこからが妄想の世界だったのか、とわからなくなってくる。

アリスの言葉を借りるなら(自分の身から出る言葉ではないです、!)、男はオッパイがあれば興奮して揉むし、アナがあれば入る生き物。
では、オッパイとアナにまみれた世界に行ったら彼はどうなるのか…

そんな、"アナがあったら入りたい"気分プンプンのビルを前に、淫靡で魅惑的な性的倒錯の世界はまったく理解できないものとして描かれる。
もう、あのパーティの翌日以降、ビルの身の回りに次々起こる不審な出来事は悪夢的ホラーといっていい。

人生、自分には到底理解の及ばない深淵に触れる瞬間がある。
乱交パーティ然り、妻の妄想然り。
夫婦でさえお互いに知らないことはある。

ビルの身に起きた一晩の出来事だって何が真実かわからない。
アリスの見た夢だって、彼女自身の内面にある何かを投影した出来事であって、ただの夢ではない。
何が本当かなんてだれにもわからない。

では、現実を生きる2人は現実を生きていると実感するためにいま、何をすべきか。
おもちゃ屋で最後に行われる夫婦の会話、そして有名過ぎる最後の一言。


これがキューブリックの遺作。
一番最初の試写が行われ、観た人のリアクションに安堵したキューブリックは、その1週間後、公開を待たずして亡くなったという。

巨匠が残した最後の作品は、パーソナルな範囲の出来事を描きながら、映画という作られた世界の夢を、観る人にとって自分ごととして投影できてしまうような、奇妙で淫靡な魅力ある作品だった。
学生時代に観たときより、結婚・子育てを経験しているいま見直すと、思わず魅入ってしまう場面も多々あった。
これはすげぇ一本。
ジャン黒糖

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