すずき

スキャナー・ダークリーのすずきのレビュー・感想・評価

スキャナー・ダークリー(2006年製作の映画)
4.0
「物質D」というドラッグが蔓延している近未来のアメリカ。
主人公はフレッドはドラッグの覆面捜査官で、正体を隠すためボブ・アークターと名を変えて潜入捜査していた。
潜入捜査と言っても、普段は居候のヤク中のバリスとラックマン、恋人のドナとダベるだけの毎日で、彼も物質Dに溺れていく。
潜入捜査官は自らの正体も素顔も秘匿されている為、上司すら彼が誰で、誰になっているのか、知る事はない。
そんな中、バリスが警察署内に情報のタレコミに来た。曰く、ボブ・アークターが怪しい動きをしている、と。
こうしてフレッドは、幻覚に苛まれながら、隠しカメラで撮影された自分を自分で監視する、という任務を命ぜられる…

リンクレイター監督のアニメ作品で、キアヌ・リーブス、ロバート・ダウニーJr、ウディ・ハレルソン、ウィノナ・ライダーと豪華なキャスト陣。
同監督の「ウェイキング・ライフ」と同じく、実写を撮影後、その映像を基にアニメ化するロトスコープ技法が使われている。
つまり、映画2本分の労力が使われている訳ですな。製作期間はアニメーター30人で15ヶ月。1分の映像に何百時間かかる…らしい。

しかしそんな苦労も今の時代、少しだけ無駄な気がせんでもない。
前作「ウェイキング・ライフ」では、描かれている人間が雲に変化したり、ぐにゃぐにゃ不定形でこれぞアニメ表現!って感じだけど、本作はそれに比べると地味なアニメ表現だ。
基本会話シーンしかなかった「ウェイキング~」と違って、人物の動きも背景の複雑さも段違いで、労力としてはこちらの方が手間がかかってるんだろうけど、やはりその凄さが伝わりづらい。
絵が綺麗すぎて、「実写映像を、コンピューターで自動画像処理してCGアニメ風の映像にしました!」って言われても違和感ないのだ。
手作業なのに、丁寧に作りすぎて逆に凄さを感じさせない、というのはスタジオライカの作品にもあると思う。

じゃあこの試みはまったく全てが無駄だったのかというと、そんな事は決してない。
独特の浮遊感ある映像は、ドラッグに溺れて酩酊し、現実を「少しだけ」ズラした視点から眺めているかのよう。
主人公はドラッグの影響で脳に異常が生じ、少しずつ世界の認識が分からなくなっていく。
そんな中、自分自身を客観的に監視する、という任務に務めるうちに、「自分自身」の認識も崩れていく…。
世界認識とアイデンティティの崩壊、は原作フィリップ・K・ディックの十八番で、その世界観を表現するのに、ロトスコープ技法は最も適していたと思う。ただコスパが割高すぎるだけで。

DVDに収録してるメイキングも見たけど、そちらも興味深かった。
ラストのトウモロコシ畑の空撮が一番手間がかかった(何千のトウモロコシの葉っぱを手書き!)とか、スクランブル・スーツの描写には数ヶ月かかった、とか。
スクランブル・スーツとはこの映画唯一の未来SFガジェットで、捜査官が正体を隠す為に出署の時に着用する、百面相のように顔が絶えず変化する不思議スーツ。
捜査官同士は顔を合わせず音声のみで会話する、とか映画オリジナルの設定にしてもいいのに、原作の描写をそのまま再現しようとした結果がアニメーター泣かせのコレだよ!