LalaーMukuーMerry

インサイダーのLalaーMukuーMerryのレビュー・感想・評価

インサイダー(1999年製作の映画)
4.6
たばこの健康への悪影響は今日十分知られているが、30年くらい前までは、みんな体に悪いとうすうす気づいてはいたものの、社会的にはほとんど何も言われていなかった。WHOが世界禁煙デーを設定したのが1988年らしいので、これ以降、喫煙を制限する意識が広まっていったようだ。この作品は1990年代、その流れを決定的にした事件の話。アメリカのたばこ会社(B&W社)の不正を内部告発しようとした男ジェフリー・ワイガンド(=ラッセル・クロウ)と、それを報道しようとしたジャーナリスト、CBSテレビ報道番組「60 Minutes」のプロデューサーだったバーグマン(=アル・パチーノ)の実話に基づく物語。
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たばこ会社の不正を暴く(ウソの証言を証明する)ということのために、TVニュース会社まで巻き込んだ、ここまでの闘いがあったことに正直驚く。長い間かかって築きあげられた信頼のブランドも不正(ウソ)がばれると瞬く間に地に落ちる。それを知っているから、企業も必死で妨害をしてくる。
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多額のお金をつぎ込み一流弁護士事務所と手を組んで、蓄積してきた訴訟に勝つ方法、警察にも手を回す”合法”的な妨害。様々な”合法的”な手段を使って妨害をしてくる大企業。邪魔者は殺してしまえという社会主義国も恐ろしいが、“合法的”な手段で妨害する民主国家の大企業のやり口も相当エゲツナイ。それに対するこちらも、もちろん合法的でなければならない。彼らの手口を示し、その壁を破ったドラマを人々に残したこの作品は貴重と言えるでしょう。そのあたりの駆け引きが緊張感を生んでグイグイ引き込まれました。
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情報源を守る(人は売らない)という信念を貫き、ジャーナリズムのあるべき姿勢を示したバーグマンの行動には心を打たれます。素晴らしい社会派ドラマでした。
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法だけでなく、ニュース会社の経営まで絡んでくると、ジャーナリストも口をはさみにくくなる。この作品ではジャーナリズムがなんとか勝利したけれど、ネット環境が発達した今日、ニュース会社の経営環境も厳しくなり、報道への圧力に抗う力は作品当時よりも弱くなってきているという現実がちょっと心配。
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 ***以下ネタバレを含みますので適宜すっ飛ばしてください***
企業側の“合法的”手口と、内部告発者側の対抗策を軸に
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・(1)守秘契約を結ぶ(たばこ会社)
前半は主に内部告発者の話。たばこ会社の研究開発責任者ジェフリーは、科学者としての信念から会社方針に逆らおうとしたが、そのことで突然クビにされる(解雇理由は「協調性の欠如」)。会社をやめる人に守秘契約を結ばせるのは普通だが、彼は特に重要だから守秘範囲を大幅に広げた内容にしたものを結ばされる。会社は本人の弱みを知っていて拒否できないと分かっているのだ(違反すれば医療保険を受けられなくなるので、高額費用のかかるぜん息の幼い娘のいる彼は、娘の治療を続けられなくなる)。
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・(2)秘密でなくする(告発者側の対抗)
バーグマンは、彼のインタビュー映像を撮って、たばこ会社の不正(公聴会でのウソの証言:ニコチンは中毒性がない)を報道しようとするが、守秘契約の壁が立ちはだかる。別のたばこの害に関する訴訟で証言すれば(裁判で真実を話す強制力は、守秘契約より強い)、訴訟記録に残り秘密ではなくなる。そうすれば報道できる、だから裁判で証言させようと動く。悩んだ末にジェフリーも、インタビューを受け、裁判の証言することを決心する。
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・(3)公開禁止命令を出す(たばこ会社)
証言をする州裁判の前日に、会社側は州裁判所の公開禁止命令を取って妨害をしてきた。これに違反して裁判で証言すれば、法廷侮辱罪で逮捕される恐れがある(会社のあるケンタッキー州の公開禁止命令は、ミシシッピ州の裁判では通用しないが、ジェフリーがケンタッキー州に戻った時に捕まる恐れがある。こんな命令があるとは!)。悩んだ末、命令に屈することなく裁判で証言をしたジェフリー。やっとインタビュー映像を放送できるようになったと思ったのも束の間・・・
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・(4)CBSニュース社に圧力(たばこ会社)
CBS本社上層部からバーグマンにインタビュー映像をカットして放送するよう圧力がかかる。守秘契約違反を犯して放送するのは危険、という法務部の担当者。怪しんだバーグマンは、CBS本社の売却話が上がっている最中だと言う情報を探り出す。すべて放送することによってたばこ会社との損害賠償訴訟に発展し、それに負けて賠償金を払わされるリスクが生じると、売却話がまとまらなくなることを恐れたCBS本社の措置だと気づく。会社方針に盾突いて、放送すべきと訴えるバーグマン。しかし長年の仕事仲間、番組の名インタビュワー、マイク・ウォレス(=クリストファー・プラマー)も彼から離れ、次第に孤立する。
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・(5)内部告発者に対する中傷記事(たばこ会社-弁護士事務所)
たばこ会社お抱えの一流弁護士事務所は、ジェフリーの過去の汚点を徹底的に洗い出し、離婚歴や万引きの前歴情報を新聞各社に流す。その内容をCBS幹部から知らされ、立場がさらに悪くなったワーグマン。だが彼は、その情報について逐一調査させ、記事が不正確で矛盾があることをつかんで、新聞社(ウォールストリートジャーナル)に記事の掲載を延期させることに成功する。
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・(6)番組から手を引かせる(たばこ会社の圧力に屈したTV会社)
それでもついにCBSから休暇を取らされ仕事ができなくなってしまうバーグマン。ここで彼は思い切った手段に出る。CBSが圧力に屈して重大事実を隠した放送をした、ということを新聞社(ニューヨークタイムズ)に伝えたのだ。つまりTV局のニュース報道部からの内部告発。たばこ会社とTVニュース会社の2つの内部告発を生んだ物語、この報道が他のメディアにも火をつけ、世論が動き出し、ついに流れが決まった。