柏エシディシ

ピアノ・レッスンの柏エシディシのレビュー・感想・評価

ピアノ・レッスン(1993年製作の映画)
5.0
浜辺に打ち捨てられた一台のピアノ。
波打ち際で踊る少女。
雨の中、翼をもぎ取られた黒い天使の様に泥の上に座り込む女。
寓話めいた美しいカットと一聴すれば、永遠に心に刻まれる「楽しみを希う心」の調べ。
完璧な映画だ。

6歳で話す事を"やめた"エイダは、父の決めた結婚相手に嫁ぐためニュージーランドの未開の地に、幼い娘と彼女自身の"言葉"であるピアノと共にやってくる。
彼女を理解出来ない夫は、ピアノを入植地仲間ベインズに土地と引き換えに売り渡してしまう。
密かにエイダに惹かれていたベインズは、ピアノのレッスンの度に鍵盤ひとつずつ、ピアノを彼女に返してくれると申し出る。
分身とも言えるピアノを取り戻す為に渋々引き受けるエイダだが、思いも寄らぬ感情が芽生えはじめ……

まだまだ十分とは言えずとも、近年優れた女性監督の作品が評価され注目される様になったその系譜の原点には、やはりジェーン・カンピオンの本作の存在が大きいと思う。
「燃ゆる女の肖像」など、本作の影響下にある作品は枚挙に暇もない。
女の失意と欲望と愛。
私個人にとっても、スピルバーグやジャッキーチェン、SFやホラーばかりではなく、「こういうものも映画だ」と映画の大きさと深さを初めて教えてくれた作品の一つであった様に思う。
ある意味"本物の映画"としての象徴として、自分の中には「ピアノレッスン」はある。

ピアノ演奏をノースタントでこなし、華奢で小柄な身体に隠された強さを、台詞に頼らず体現してみせたホリー・ハンターの演技は圧巻。
得てして、"悪役"の立ち場に甘んじそうなサム・ニールの佇まいと描き方のバランスは今回の鑑賞で改めて現代的というかジェーンカンピオンの度量を思った。
そして、"またもや"ハーヴェイ・カイテル。またもや、というのも、彼が重要な役を演じている旧作のリマスター作品を観るのは今年もう4本目(レザボア、テルマ&ルイーズ、バッドルーテナント)
90年代前後のハーヴェイ・カイテルの凄みを改めて思う。
これにアンナ・パキンの"天才"にまみえるのだから。何という映画だ!


前述の通り未開の地での寓話めいた物語が、まるで神話の様な普遍性さえ纏い、時間の経過とは無縁の強度を本作に与えている。
新しい生き方を選んだエイダの情景と、海中に静寂に包まれるピアノが交錯するエンディングも、どちらが真実でどちらが夢なのか。
嗚呼、映画ってすごいな。素晴らしいな。と、初めて観た時の様に、また改めて思った。
柏エシディシ

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