未島夏

鬼畜大宴会の未島夏のレビュー・感想・評価

鬼畜大宴会(1997年製作の映画)
3.7
「鬼畜どもが『大』が付くほどの宴会をする映画なんでしょ? 怖いわ〜、楽しみやわ〜」と、ものすごい乱痴気騒ぎな作品を想定して観始めた。

実際その通りの内容だったのだけど、同時に想定を遥かに超える丁寧な人物の描写に魅せられた。

人物それぞれが何に飢え、渇望しているのかが上手く示唆されていて、感情の流れがセリフを介さずスルスルと流れ込んで来る。

脚本と、ト書きをスタイリッシュに捉えるカメラワークへの鮮やかな心象に、心躍った。

自分も監督と同じ大阪芸大の卒業生だけど、このレベルのホンを卒業制作に持ってきた上で、これだけの乱痴気騒ぎを成立させるなんて、ちょっとこれはとんでもない。そう実感する。

無論、脚本としては120分の完成尺は長すぎるし、オーディオコメンタリーで『台本は45〜60分くらいの尺しか無かった』主旨の発言もある(撮影稿以前は逆に長かった説もあり)ので、その点をいかに狙った上で出来ているかの度合いよっては、やはり学生映画なのだけど。

それ故の熱量をどう観たって感じざるを得ないという意味では、全く隙のない映画だ。



心理描写が丁寧である事は、作品全体を帯びる狂気にも的確に作用している。

人物の心理を無駄なく追える展開の中で徐々に狂気が増幅していくと、観客はその心理についていけなくなり、「異常」だと感じ始める。

心理描写によって組み立てられた土台があるからこそ、観客が「異常」に対してギャップを感じ、狂気を狂気であると鮮明に認識出来る。

そうやって前半と後半で全く異なる人物のコントラストを観客に植え付けた上で、ラストには優しさと狂気が紙一重の領域にある事を示し、それぞれを断ち斬る。

その姿勢に宿る悲壮感は、作品の背景を知らない人にも必ず何かを訴えかけるはずだ。



余談になるが、この映画を鑑賞したきっかけは脚本家の向井康介さんによる著書『大阪芸大 破壊者は西からやってくる』を読んだ事にある。

それを読んで、本編を観て、そしてメイキングを見る流れだったので、本で触れられていたエピソードがそのまま映っているメイキングではめちゃくちゃ笑ったし、現場に渦巻く実際の狂気にヒヤリともした。

これからこの映画を鑑賞する人にとってはこの本はネタバレになるので、通常は観賞後に読むべきだと思う。

だが、もしこのレビューを読んでくれている方の中に大阪芸大の映像学科生がいるのなら、絶対に本→映画本編→メイキングの順で手をつけるべきだ。
間違いなくその後の過ごし方が変わる。
未島夏

未島夏