ひでやん

ラルジャンのひでやんのレビュー・感想・評価

ラルジャン(1983年製作の映画)
5.0
ベストムービー。

ドストエフスキーがロシアの小説に、
モーツァルトがドイツの音楽に対して占める位置を、ブレッソンはフランス映画に対して占めている。
──ジャン=リュック・ゴダール


一枚の偽札が巡り巡って一人の男の人生を狂わせる悲劇を描いたロベール・ブレッソンの遺作。

パリに住むブルジョワ少年は親に金の無心を断られ、相談した友人から偽札を渡される。写真屋でそれを使い釣り銭を手に入れる少年。

「スリ」のように偽札を現金化する少年をカメラは追い続けると思いきや、カメラは使用された偽札を追う。

偽札に気付いた写真屋の店主は、燃料の配達にきた青年イヴォンの手にそれを掴ませる。何も知らないイヴォンは食堂で偽札を使用。

負の連鎖を引き起こした少年の罪は、母親の謝罪と金により揉み消される。偽証した写真屋の店員は、店主から罪を背負わされる。そしてイヴォンは破滅へ向かう。

被害者と加害者、善と悪、幸と不幸は些細な事でどちらにも成り得るが、イヴォンは歪んだ社会の犠牲者だ。富裕層は救われ、無実の青年は罪人となる「不条理」がこの作品のテーマとも言える。

無駄な動き、台詞、感情を最小限に抑え、鮮やかな色彩や装飾などを一切排除して残酷な「現実」を描くブレッソン。

洗面の流しの水が赤に変わる場面と老婦人がイヴォンに対する態度が謎で、老婦人と青年のわずかな会話から何が起きたのか想像させる。

イヴォンはホテルの惨劇を老婦人に話し、神なら赦すと老婦人は穏やかに言ったのだろう。

事の経緯を省くのは少々不親切だと思うが、それでいいと思えてくる。残酷な描写を想像させた後、美しい景色が青年を包む。

穏やかに流れる時間、緑が広がる自然、優しい老婦人と過ごす場所は歪んだ社会から切り離された世界だ。そこに救いがあると思ったが、心の闇はあまりにも深かった…。

不条理を憎み、社会を恨み、破滅へ向かう青年の姿が悲し過ぎた。
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