茶一郎

一番美しくの茶一郎のレビュー・感想・評価

一番美しく(1944年製作の映画)
3.5
 見慣れた「東宝」のロゴの前に、見慣れない「撃ちてし止まむ」というプロパガンダのキャッチコピーが現れて驚きますが、公開当時まさに第二次世界大戦が始まって3年という時、今作『一番美しく』は黒澤明監督がデビュー作『姿三四郎』の次に、国民の戦意高揚映画作製に狩り出させ作られた作品であります。

 軍事用レンズを生産する工場を舞台にし、「男子10割、女子5割」という増産目標の檄を黒澤作品おなじみの役者・志村喬が飛ばす所から物語は始まります。その非常増産期間の工場において、今作が焦点を当てるのは工場で働く女性たち・女子挺身隊。黒澤監督は「ドラマというより生活のドキュメンタリーを撮ろうと思った」と、この女子挺身隊のリアリティを高め作品全体をセミドキュメンタリーにする意図があったようで、実際に女優群を女子挺身隊に入れ、鼓笛隊を組ませて街を歩かせたという。その甲斐あってか、レンズの研磨・調整、目盛り調整と重点が置かれた工場の描写には、当時の軍需工場の空気感が画面を通り越え伝わってきます。

 女子挺身隊の女性同士、寮母との群像劇的な人間ドラマを描きつつ最終的には渡辺ツルという女性の精神の物語に帰着。それは作業中のミスに後から気付いた渡辺が、徹夜でミスを取り戻そうとするクライマックス。一人修正室に籠り、鼓笛隊の歌を歌い眠気と闘いながら顕微鏡を見つめ続ける、その姿を『一番美しく』のタイトルの通り「最も美しいもの」として描きます。
 いわゆる「滅私奉公」が全体主義に繋がるという危険性を考慮した上でこのクライマックスを見ると(黒澤監督は後に全体主義の恐怖を描いた『わが青春に悔いなし』という映画を撮る)、今作『一番美しく』は工場で作業する女性・渡辺をヒーローとして昇華することに成功している。これは後の黒澤監督の代表作となる『生きる』に重なる市井の一般人をこそヒーローにするという黒澤映画世界の重大要素に繋がり、彼女の行いが戦争に加担するものであろうと非常に感動的なクライマックスでありました。
 どんな極限状態においても、どんなに地味に見える単純作業であろうと、その精神の高まりをもって人はヒーローになり得る。まごう事なき黒澤監督の映画精神の一片を今作に垣間見ます。
茶一郎

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