ウサミ

人狼 JIN-ROHのウサミのレビュー・感想・評価

人狼 JIN-ROH(1999年製作の映画)
4.4
裏の顔でしか生きられない悲哀から逃れる方法は、自身が狼になる他に無い


敗戦後の日本の経済政策のしわ寄せとして産み落とされた、反政府組織。彼らの過激化により、それらを抑圧すべく「特別機動隊」が組織される。
特別機動隊の持つ、強靭な装甲と銃器の威力は、武力での反政府組織の制圧を大いに助けた。しかし、強大な力に反政府組織も抵抗を見せる。それゆえに抗争は過剰化し、治安の悪化を招く。結果として、特別機動隊要する『首都警』に対する世論の風当たりが強くなり、批判の対象となっていた。

という設定。
リアルとフィクションを織り混ぜ、かなり「地に足ついた」SFとなっているのがもうたまらない。

激化する反政府組織と警察の抗争を描きながら、スタッフロールと共に映し出される短髪の少女は、おもむろに男に小さなカバンを渡す。男はそれを警察に投げつけ、大爆発する。少女はテロ組織の一員で、爆弾を運ぶ役目を持っている。
その仕事のさながら、くだんの特別機動隊と対峙してしまう。
銃を突きつけられた彼女は、持っていた爆弾を起動し、自爆する。銃を突きつけた兵士は、彼女がテロリストと分かっていても、引き金を引くことは出来なかった。そして、いたいけな少女の目の前での自殺に動揺する。

主役と思しき少女が開幕でいきなり爆死した衝撃を観客に与え、その感覚は主人公の兵士、伏の感情とリンクする。
なぜこの抗争は少女を自爆に追い込んだのか?と自答しつつも、彼女の死に何処かで責任を感じる伏の前に、少女の妹を名乗る女性が現れる。

「赤ずきん」の物語と並行して語られる、裏の世界で生きる人間の静かな争い。
裏の世界で生きる⇒裏の世界でしか生きられないという苦しみと悲哀を描くヒューマンドラマ、諜報と造反のサスペンス、これらは『裏切りのサーカス』を彷彿とさせるハードボイルドっぷり。いやあ嫌いなわけがない。
単純な勧善懲悪では折り合いをつけれない政治の世界、正義も悪もない深淵を描く作品だが、テーマはあくまで「愛」といった普遍的な感情に焦点を合わせていたのが良かったと思う。そもそも「彼らの正義って?」という疑問にはぶつかるけど、白黒つかずグレーで揺らめく感覚も悪くないと思えた。

伏が抱く心理描写は、兵士のPTSDのようにフラッシュバックし、現実とリンクする。疑心暗鬼の中そのメタファーを汲み取ろうとする観客に強烈なインパクトを与え、のちに起こるであろう悲劇を予感させる。
その悲劇の訪れ、観客の頭にこびりついたイメージと、映画の締めくくりのショット、そのギャップ。
裏の世界に身を置いたものが、その苦しみから逃れるには、自分自身が「狼」になるしか無いのである。
ウサミ

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