カルダモン

逆噴射家族のカルダモンのレビュー・感想・評価

逆噴射家族(1984年製作の映画)
5.0
窮屈な団地暮らしで家族全員が現代病に冒されているとの思いに囚われた父・勝国。えいや!と一念発起で購入した戸建てのマイホーム。これで"ビョーキ"ともオサラバだ!

シロアリもドン引きするほどの破壊っぷりが見事。一家の大黒柱であるべき父親が率先して我が家の大黒柱を破壊していて笑う。イカれたテンション炸裂するサイキックに、なぜか得体の知れない勇気・やる気・元気を注入されました。どう逆立ちしたってこの時代にしか出てこない度を越したメチャクチャが愛おしくて、今の日本でこのような気狂い作品に出会えないことが本当に寂しいと思ってしまう。

まともな人間が一人もいない家族ドラマというのは映画ではたびたび描かれるものの、文字通り家ごと崩壊していくものはなかなか見たことがないように思う。家燃え崩壊エンディングはホラー映画の常套なので、どちらかと言うとその類に近いのかもしれない。いずれにしても一見平和そうな普通の家族が壁一枚隔て全く知らない人間であり、なにか一つの要素が入り込んでバランスを保てなくなるというのは私が大きく魅力に感じているところで、その主題がビジュアルやサウンドとして大暴れされるとそれはつまり最高という言葉以外にない。

せっかく購入した新築戸建ても早々に、祖父が祝いにやってきて以来シロアリの如く住み着き部屋の中でゲートボール大会をするやら母親の寝床も奪うやら。いいこと思いついた⚡️って地下室を掘り出す父親と、さすが我が息子!とばかりに結託する祖父。この血が争えない感じが悲しすぎて笑う。地下シェルターにもなるからって発想も常軌を逸してて良い。
リビングの床をひっぺがして以降、床下から見つかったシロアリのことが気掛かりで仕事が手につかず、会社を早退してドリルとシロアリ殺虫剤を購入し、爆速で帰宅するシーンのテンションにやられた。走行中の地下鉄の中をダッシュで駆け抜けるという意味不明さに、それ意味なくない?と思うヒマさえもなかった(おそらくゲリラ撮影と思しき超迷惑行為は今の映画では絶対に見ることができないので異常にして貴重)。

工事現場と化した室内だけでもビジュアルとしては大満足だったのだが、帰宅した父親がドリルを手に猛然と地下を掘り進み、水道管を破裂させて噴水するシーンはもうエクスタシーの領域で腰が抜けました。もうここまで来ると行けるとこまで行ってしまった方が楽になれるだろうなという気持ちが強い。家の崩壊具合と家族の狂気が比例して、いよいよ戦争勃発。
東大を目指す受験浪人の正樹は勉強部屋の鉛筆やらランプやらあらゆるモノを装備して、母は台所用品のザルやらフライパンやら、アイドルになるかプロレスラーになるかを悩むエリカはレオタードに身を包みパンプアップを始める。祖父は旧陸軍の軍服に身を包み、父はもちろんドリルとヘルメットで応戦する。外野の私は気の済むまでやって欲しいと願うのみ。

夜が明けて虚脱した家族。これで何もかもが終わったと思ったのに、私が心底震えたのは冷静さを取り戻したような父親が再びドリルを起動した瞬間だった。まだ壊し足りないのかと。全てを真っ平らにしなければこの物語は終われない。小林克也が本気で狂ってしまったように見えると同時に作品自体が狂ってしまった。そんな血の凍るような恐ろしさだった。

なにもないまっさらな造成地。首都高湾岸線の高架下で始まる新たな生活。壁も屋根もない風通しのよい我が家。点々と置かれた家具のシュールさと切なさに心が締め付けられた。ここで流れるエンディングテーマが本当に素晴らしくてずーっと残響してる。曲名は「新しい生活~レクイエム(Requiem)ラストテーマ」。サントラはルースターズの別ユニット「1984」が担当しているらしいのだが、なかなか詳細情報が少ない。OSTも石井聰亙作品集 DVD-BOX II ~PSYCHEDELIC YEARS~に付属しているものか、アナログ盤しか無さそう。とにかくこのエンド曲の更地感が最期のビジュアルと重なって、あの家族が浄化されていくようでした。
家族全員が現実から切り離された凧のようになってしまったのか、あるいは戦争が終わって家族の"ビョーキ"は消え、真に新しい生活が始められたのか。わかるのは家族が家族であること。どうか家族みんなが幸せでありますように。

小林家
父・勝国 小林克也
母・冴子 倍賞美津子
息子・正樹 有薗芳紀
娘・エリカ 工藤夕貴
祖父・寿国 植木等