けんたろう

故郷のけんたろうのレビュー・感想・評価

故郷(1972年製作の映画)
5.0
淘汰されるものたちの物語り。


何うして皆んな、此んないゝ処を去つてしまふのか。其の答へが此処に在る。
都会に、資本に、大きなモンに吸収せられ、村々は一つに収束されてゆく。凡ゆるものが判りやすく、スマアトに成りてゆく。謂はゆる多様性などはどんどん喪はれ、美しき土地も、伝統も、あゝ無念、でつかいでつかい工場(こうば)へと様変はり。
立ち寄つたレストランで食ふハンバアグ。田舎に居れば知らなかつた味。此れが豊かといふものか。敗北。大きなモンに敗北する夫婦。
其れは何千年も前、村々を束ねて一つの国にせんと、此の列島の民が選択した道。道の勾配はこゝ百五十年でみるみる急に。止めることは大凡出来ぬ。たゞ其の道にしがみつくか、振り落とされるか、或いは無視するかの孰れかのみ。先祖代々生きてきた土地など、最早や関係なし。成長の犠牲。成長の裏の悲劇。

移らうてゆくものに映ぜらるゝ美。将又たノスタルジイ。
たゞ本作の美しさは、振り落とされし者、滅亡せしものにのみならず。寧ろ振り落とされまいと哀しき選択をした者、然うして彼れらが選択に依り振り落としたものにこそ有り。
凡ゆる想ひが籠りたる最後の航海。自然と込み上ぐるものが有る。資格を取る為めに頑張つた過去。家族皆んなで乗り越えた。思ひ出す。総べてを思ひ出す此の美しき海。込み上げてくるものが有る。

老い方が尋常ぢやない笠さんも、寅さんぢやない渥美清も、頑固だけど素直な船長さんも、然うして強く生きたる──否、強く生きなければいけぬと目に涙を湛へながら前を見つめる──倍賞さんも。愛ほしい。皆んな皆んなが愛ほしい。

フイルムだからこその色と、山田洋次だからこその表現とに満ちた、余まりに切なく、胸に沁みる一作。
社会、産業、街並み、日常は変はらうとも、いや変はりつゞけるからこそ、此の美しき素敵なフイルムは永遠に残りつゞけよう。