噛む力がまるでない

聖者の眠る街の噛む力がまるでないのレビュー・感想・評価

聖者の眠る街(1993年製作の映画)
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 マット・ディロンとダニー・グローヴァーが主演を務める1993年公開の映画である。

 ドキュメンタリーっぽい自然な見せ方で、押しつけがましい感動的な演出も取らない、地味だがとても良い映画だ。白人と黒人のホームレスの話を90年代にやっていたのはわりと革新的だと思うのだが、当時はあんまりヒットせず、マット・ディロンもこの映画が当たらなかったことは心残りらしい。何しろホームレスの日々を淡々と描いた話なのでしょうがないとは思うが、それでもマシュー(マット・ディロン)を聖者として見立てると若干のファンタジー要素を帯びて、見ごたえがある。

 ジェリー(ダニー・グローヴァー)の設定が絶妙で、こういう話にする場合、ジェリーのような立場の人間は過去に何か大きな過ちを犯してホームレスの生活を送ってるとか、ややこしい設定をつけそうなところをジェリーはいたって善人なのである。詐欺に遇っていたり、家族と離れ離れになっても腐らず、マシューに対して誠実な優しさを見せていて、実はこの映画には聖人が二人いると見立てても良いんじゃないだろうか。
 ただし、マシューには総合失調症、ジェリーにはベトナム帰還兵という過去が暗い影を落としていて、主演の二人が大変人間味のある演技でうまく表現している。若いころのマット・ディロンは今でいうとロバート・パティンソンのような繊細かつ瑞々しい雰囲気があって、とても良かった。そんなマットが年を重ねてから『ハウス・ジャック・ビルド』で神経質なシリアルキラーをやっているのは、さもありなんという感じだ。

 ひとつだけ残念だったのは、ジェリーたちにとことん嫌がらせをしてくるリトル・リロイ(ヴィング・レイムス)がいかにもな悪役で、それ以上の深みみたいなものが欠如していることだ。ホームレスをこれだけ切実に描こうとした作品なのに、悪者側はちょっと単純に落とし込みすぎな気はする。