きゅうでん

風立ちぬのきゅうでんのレビュー・感想・評価

風立ちぬ(2013年製作の映画)
5.0
宮崎駿の最高傑作。

私は大学でコンピュータサイエンスを学んでいたとき、四六時中コンピュータのプログラムについて考えている、一見すると二郎のような人たちに囲まれていた。
私の知る限り、彼らは、「AIが発展したら人間の脅威になるか」といったようなことは議論しなかった。そのような話題に対して冷笑的ですらあった。
良いモデルとパラメータを見つけ、認識精度を上げる。
良いアルゴリズムを考え、実行速度を上げる。
実際的な社会の営みからは少し離れた(ように見える)、そういう議論が好まれた。
(“AI”という語がマーケティング用語と化し、その実態からかけ離れていることは、IT業界に少しでも関心のある人にとっては常識だ。)

私も彼らと同じくコンピュータが大好きでその学科に入ったのだが、学べば学ぶほど、どうしても科学技術に対して楽観的な考えを持てなくなっていった。SFが好きだったことが影響しているのかもしれない。
監視社会、全体主義、経済格差、憎悪の増長。
そういったネガティブな問題が、コンピュータサイエンスの発展とは切っても切り離せない関係にあるという実感があった。
それでも結局、自分の書いたコードがうまく動いた時の快楽が忘れられず、今もコンピュータに関わる仕事で賃金を得て生きている。

科学技術の発展は、多くの場合、本当に素晴らしいことだ。命を助けたり、生活を豊かにしたりする。
しかし、それがいつどこで反対の方向に向いてしまうかは誰にも分からない。社会や組織とはそういうものだ。
特に工学全般、応用物理学、応用化学、医学など人間の実生活への影響が大きい学問に携わる技術者/研究者には、”自分がいま作っているのはピラミッドなのかもしれない”という自覚を持つべきだ。

二郎は煉獄で、菜穂子から「生きて」と言われてしまう。
生きて罪を償え、と。
この状況で死ねないのは、兵器の開発者としてすごく残酷なことだ。
二郎に戦争を止める気なんてなかったし、そんな力もなかった。
だから、せめて、技術者一人ひとりが、「罪」の意識、そして快楽と倫理の「矛盾」を背負いながらも、生きていかねばならない。