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ブエノスアイレス恋愛事情の海のレビュー・感想・評価

ブエノスアイレス恋愛事情(2011年製作の映画)
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いつもなにかが悲しくて、いつもなにかを悲しむという贅沢の中で息をしている。と、数日前のわたしは書いていて、今も同じ気持ちで、おもえばもう何年も同じ気持ちだ。「なにもかも忘れられたら楽だろうな」って、なにもかもおぼえていられる幸福の中でおもってて、「あなたのこと許せたらいいのにな」って、あなたを許さなくていい選択の自由のもとでおもってて、「天国に行けたら何をしようかな」って、まだ信じてもいない死んだあとの世界を、生きている体とともに考えてる。わたしは泣いてたっていいし、太ってたっていいし、痩せてたっていいのに、どうしてあなたには笑っていてほしくて、健康でいてほしいとおもってしまうんだろう。わたしはいのちをかけていることのためにいつか死にたくて、そのときがいつ来てもいいように今を生きているのに、どうしてあなたには明日も生きてほしくて、今日は死なないでほしいとおもってしまうんだろう。書こうとするだけでちゃんと何かが書けて、この胸に手をあててこの喉を震わせて音にもできることも、毎日なにかをいらないくらいに感じている贅沢だ。ひれみたいな、くつみたいな、はねみたいな言葉、およいでいる、はしっている、とんでいる心。夕方、暮らしているまちを歩いていると、秋のさみしげなキササゲの木の向こうから、風が、木材とどこかの家の夕飯の匂いを連れてきて、幼い子の影が、木の影とかさなって揺れたあと、夕焼けに照らされた家の窓に、さっきまで影だった幼い子と木がいっしょに映っているのが見えた。いらないくらいの悩み、いらないくらいの苦しみ、いらないくらいの迷い、いらないくらいの毎日の記録、わたしの贅沢な全部が、いつも誰かに届いていたことを、おもいだすことができた。ちいさないぬ、まっしろないぬ、顔も見えないほどけむくじゃらのいぬ、名前はスス、この子の住んでいるこの街ではもしかするとこの子がいちばんかしこい。わたしの住んでいるこの街ではもしかするとわたしのねこがいちばんかしこい。
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