メル

ドストエフスキーと愛に生きるのメルのレビュー・感想・評価

4.5
2014年2月 渋谷アップリンクにて鑑賞

ウクライナ、キエフ出身のスヴェトラーナ・ガイヤーは一見普通のお婆ちゃんの様に見えるが、ドストエフスキーの五大長編小説をドイツ語に翻訳し、ドイツのドストエフスキー文学の第一人者として有名らしい。
これは彼女の静かな日常生活を通して、翻訳に対する強い拘りと65年振りに故郷ウクライナを訪れるドキュメンタリー映画だ。

スヴェトラーナは少女時代をスターリン政権下で過ごし、父親を
その粛清の後遺症で亡くした。その後ウクライナに攻め込んだドイツ軍の通訳をすることで第二次大戦を生き抜いた。
親友のユダヤ人がナチスに殺害されたり、近隣住民が次々と命を落としていく中、ドイツ軍の通訳ということで敵国ゲシュタポの将校の庇護を受けドイツに脱出する。

ウクライナの人々からはナチスドイツへの加担者として裏切り者扱いだ。しかしスヴェトラーナにしてみたらスターリン政権で父親を殺されたという思いがある。そんな事より友人が毎日のように殺されていく戦争の只中で、自分の命を守ることで精一杯だっただろう。

ドストエフスキーの本格的な翻訳はソ連崩壊後からだという。
かつて殺しあったドイツ人とロシア人。
その両方の国に深く関わったスヴェトラーナ・ガイヤー。
祖国を裏切り、自分だけ命を長らえているという負い目は彼女が生きてる限り心の中から消えることはないだろう。
ロシア文学の最高峰とも言えるドストエフスキーをドイツ語に翻訳することは、敵同士だった2つの国を文学によって繋げることにもなる。
言葉は人を傷付けもするが、人と人を繋ぐことも出来る。

悲しみと絶望の連続だった彼女の青春時代に、ささやかではあるけれど常に光をかざしてくれたのが文学への愛だったのだろう。

洗濯物にアイロンがけをし、買い物に出掛け家族のために料理を作る84歳のスヴェトラーナ。
著名な翻訳者でろうと無かろうと、その謙虚な日常生活を見るだけで「こんな風に歳を重ねられたら素晴らしい」と思う。

この映画を見て、人間の本質を深く描いたドストエフスキーだからこそ、今だに全く色褪せることなく現代人の心をもしっかりと掴むことが出来るのだと改めて実感した。

映画も文学も日常生活をより良く生きるための大切なエッセンスなのだ。