ドストエフスキーと愛に生きるの作品情報・感想・評価

ドストエフスキーと愛に生きる2009年製作の映画)

Die Frau mit den 5 Elefanten

上映日:2014年02月22日

製作国:

上映時間:93分

3.9

あらすじ

「ドストエフスキーと愛に生きる」に投稿された感想・評価

いち麦

いち麦の感想・評価

4.0
文を起こし推敲していく…彼女の翻訳作業の過程がよく窺えた。翻訳の難しさや言語の違いの面白さなど彼女の話は明快で引き込まれる。加えて料理や列車旅行の味わいも堪能できる素敵なドキュメンタリーだった。
ドストエフスキーの作品をドイツ語に訳している老女のドキュメンタリーです。ドイツ語ではすでに訳出されたものはあったのですが、この方が新訳として刊行していまや定番になっているようです。この方はソ連の出身で敵地に移り住むことになったわけで、淡々と語ってはいるのですがその複雑さが訳出の手伝いになっているかのようでした。しかし、ドキュメンタリーとしては第二次大戦時の体験にもう少し踏み込んでほしかったです。期待してしまいましたね。
戦後ロシアから亡命しドイツに住む80歳を超えた翻訳家の女性に密着したドキュメンタリー。
ドストエフスキーの翻訳を90年代からずっと続けている。

彼女の経歴はやはりこの短い映像の中では理解が難しいだろうが、当時の背景について少しでも知識があるなら、どれだけ過酷な中を結果的に針の穴を通すようにほんとうに幸運に恵まれて生きてきたのかが想像できる。

スターリンの粛清、彼女自身はユダヤ人ではないけれどユダヤ人の虐殺、戦後ドイツの復興。どれをとっても想像は追いつかないほどの酷い状況だっただろう。

翻訳に対する姿勢は至って誠実さに満ちている。オリジナルの言語の構造や音感、小説全体の持つ意味やコンテクストを理解した上での個々の言葉の選択。言われてみれば当たり前にも思えるが、それらを忠実にこなすのはとてつもない労力と時間が必要だろう。

いわば命の恩人でもあったかつての敵国ドイツへの恩返し、あるいはドストエフスキーへの深い敬愛。そうした想いが老いてもなお彼女を突き動かす原動力に見えた。

ただドキュメンタリーとしては少し説明不足にも思えた。彼女の半生や祖国への想いもなぞる程度に簡素だし、ドストエフスキーとの関係性もあまり描かれておらず少なからず心残りが残った。

収録した映像を別の観点で編集をし直したらまったく別の作品が出来そうにも思う。
so

soの感想・評価

4.5
原題「Die Frau mit den 5 Elefanten」
一人の女性と5頭の象。
ドストエフスキーのドイツ語翻訳をするウクライナ出身の女性スヴェトラーナ・ガイヤーさんがドストエフスキーの本1冊1冊を象に例えたシーンに由来するタイトル。
彼女がドストエフスキーの本を机の上に1冊1冊積み上げる時の、まるで親しい友人を眺めるような眼差し。そして積み上げられた5冊を眺める時の、何かおそろしいものに戦慄するような眼差し。
「人生を学んだ、数えきれぬほど」と語る彼女にとってドストエフスキーとは、一生分の親しみと恐ろしさを孕む、どこまでも大きな存在なのだ。

彼女はうつむきながらカメラに語る。
戦争で父や友を失ったこと。ドイツに助けられて生き延びれたこと。
そしてそのドイツのために翻訳すること。
話し終える度に合図のように目をあげる彼女の、その目は柔らかくも鋭い。そこに彼女の生きてきた精神の時間の蓄積が感じられる。
「人間は存在することが目的なのではない。進む道によって、その存在は正当化される。」
存在の問題に苛まれることのない平和ボケした自分には、最後の最後まで気をぬくことなく翻訳し続ける彼女のこの言葉がとても重く響く。

孫たちと一緒に料理をしたり、アイロンをかけたり、市場で買い物をしたり、彼女の日常生活もカメラは捉えるのだが、それらすべてが美しいことにハッとさせられる。それは彼女がアイロンで繊維を整えることを翻訳と同じと例えるように、彼女にとっては翻訳と他の行為の間に境がないからなのかもしれない。生きる上で行うすべてのことに、同じように愛情を注ぎ、同じように美しさを見出そうとした結果なのだ。
巷にはライフスタイル雑誌が溢れ、丁寧に暮らすことの美しさがうたわれる。しかし、苦しみを手放すことなく生き続けた結果自然と身につくような、慈しみ深い心が形作るこのような暮らしこそ、本当の意味で美しい暮らしと言えるのではないか。

彼女がパートナーたちと翻訳をするその部屋がまた良い。
生い繁る葉の緑と光が差し込む大きな窓。窓に平行して寄せた机。
いつかこんな大きな窓のある家に住めたら、机を同じように窓の前に置きたい。

正しく歩み続けた隣人のおばあちゃんのその貴重な言葉を分けてもらうために家にお邪魔するような、心地よさと教えに富んだ映画。
翻訳家という表舞台に立つことのない彼女の姿を映画にして残してくれた監督に感謝したい。
また本編では使われていないが、日本版予告編でラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」が使用されている。それがもう彼女のために捧げられた曲なのではないかと思ってしまうほどに、その姿や言葉と調和していて素晴らしい。配給のアップリンクに拍手。
翻訳という行為を深く突き進めていくと、おそらくそれを成し得た人にしかわからない、深い境地に達することができるのではないだろうか。
スヴェトラーナの生活、たたずまい、言葉、話し方からそういうことを感じました。言葉一つ一つの重みをゆっくりと反芻するかのように話す様子がとても印象的でした。そして彼女の翻訳には彼女の人生も織り込まれていたのだと思う。文学そして翻訳がいかに人を豊かに思慮深くするかを知りました。

そして言葉を扱うことがいかに奥深いことなのかを思い知らされました。
言葉は必ずしも自分の言いたいことを正しく表現しているとは限らないのではないか?ぴったりとした表現が見つからずに、ありあわせの言葉で間に合わせているのではないか?それを積み重ねていくうちにまわりとの齟齬が生まれるのではないか?それはまさに自分が言葉を操るどころか翻弄されているということではないのか?
この作品を見て、もっと言葉に注意しなくては、もっと言葉を探さなくては!と思いました。
misty

mistyの感想・評価

4.0
たまに見返す。翻訳という仕事の奥深さ、単語と語源と響きのつながり、こういう話をもっと学校で学びたかった。スヴェトラーナさんの一言一言が勉強になる。ゆったりとしたドイツ語も勉強になる。大好きなドキュメンタリー。
zer0ne0

zer0ne0の感想・評価

5.0
川越スカラ座ドイツ映画祭2017。渋谷哲也さんのトーク付き。
翻訳者のドキュメンタリーで、その作品の字幕を作った方のお話を聞けるなんて、素敵なクリスマスイブだった。作品への愛着をすごく感じた。
翻訳は玉ねぎを剥いていくようなもので、剥いていくと、結局最後には精神的な自分自身が出てくるというお話、とてもよかった。翻訳や字幕は、新しいものを創造するクリエイティブなものだと言うのが伝わった。
難しい話や、「象を五頭分背負って生きる」など高尚な言葉が出てくるドキュメンタリーだと思うが、わからなくもない、「翻訳」を理解する手がかりとなる、とてもいい映画だった。

翻訳の話とかよりも、ストラヴェーナさんの世界という感じで存在感がすごかった。
ストラヴェーナさんはウクライナ人で、実際はロシアからもドイツからも外にいる人間であって、自分は「where=どこか」にいる人間、オリジナルがないと言う。深みのある言葉だと思う。
ドストエフスキー論も頷けるものだった。
「人間の本質とは、自由を求めることであって、そのための理由を作り出す」
自分の内面に迫ってくるシーンもところどころあり、また観たいと思う。

ちなみに、ドイツでの「罪と罰」のタイトルは、「犯罪と償い」らしい。ハッとした。
これなかなか興味深かった。翻訳のアレコレの話から、その時代の混乱ぶりまで映像とともに語られてた。客層が意外に学生ぽい人が多かったのは、はやり文学部系かしら。とにかく予想以上に良いドキュメンタリーでした。
84歳になっても現役翻訳家としてドストエフスキーを翻訳し続けた女性のドキュメンタリー。
たまい

たまいの感想・評価

2.2
ドストエフスキー大好きで5作品くらいは読んでるのだが、ドストエフスキーのテクストや思想に言及したりだとかはなく、ドストエフスキーの新訳を出した84歳のばあさんの生き様が語られるだけだった。語られる生き様も月並みなもので、対独コラボの苦悩や占領下での生活などどこかで聞いたか読んだものの域を出なかった ドストエフスキーが現在も全ての権力と鋭く対立しているというのは素晴らしい指摘だと思うが、その政治的な面に焦点を当ててもっと引き出して欲しかったのが残念
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