秋日和

ヤング・アダルト・ニューヨークの秋日和のレビュー・感想・評価

3.5
グラスの中に入ってる液体がウィスキーかジュースかなんて、そんなことどうだっていいのにね。それなのにこの映画に出てくる人たちは、どうしてか、矢鱈と物事を二つに分けたがる。映画に於ける嘘と本当。何かを作ろうとする人としない人。子供のいる夫婦といない夫婦。そして何より、若者たちともう若くはない人たち。二つで充分ですよ、なんて言うつもりは勿論ないけれど、もしもこの映画を観てある種の息苦しさを感じた人がいるならば、そういった部分が少なからず影響しているのではないかなぁと思う。
映画の冒頭、とある戯曲の引用によって人と人との間に境界線を引いてみせたバームバックが「物事を二つに分ける」方向へひとまず映画を進めていくのは至極最もなんだろうな、と感じた。だから、友人からの誘いを断る/断らない、アダム・ドライバーとベン・スティラーが映画を共同で監督する/しない、或いは撮った映画の退屈なシーンを削る/削らない、といったように、人生に於ける(と、言ったら大袈裟だけれど)選択肢を常に二つ用意したことだって納得することができるし、それを視覚的に見せる「招かれざる部屋に入る/入らない」シーンを用意するのも、もしかしたら当たり前なのかもしれない。そして部屋の内と外、という王道の境界線演出を採用したことで、ある意味冒頭の引用を回収したと言うことだってできるだろう。
子供がいる側といない側、或いは若者側とそうでない人側といったような、世界を真っ二つに切ってしまうカット割りがチラホラと見える作品だったけれど、映画序盤で少し頼りなげだった「いない側」「そうでない人側」が終盤ではどこか吹っ切れたように捉えられていたのが凄く良かった。男と女が並んで座って同じ方向を見つめるショット!最高だった。やっぱり世界の異なる二人が無理に並ぼうとしてもどちらかが停止しちゃってズレてしまうものなんだよね、と思わずにはいられない(自転車の使い方が圧倒的に正しい!)。
若さを託した帽子の使い方の微妙さやスマホを熱心に見つめちゃうあの感じはあまり好きではないのだけど、どうしてもバームバックの映画は支持したい。本棚を愛おしく撫でる手のショットが、好きなものを映画に詰め込むクセのあるこの監督の優しさを、どうしようなく表していると思うので。
秋日和

秋日和