秋日和

花束みたいな恋をしたの秋日和のレビュー・感想・評価

花束みたいな恋をした(2021年製作の映画)
4.0
この映画では描かれなかった、ツタヤの棚の前で互いの好きな映画を教え合うシーンが観たい。3時間12分の完全版には収録されているのだろうか。

菅田将暉と有村架純が出会った明大前。何百回利用したか分からない駅。大学生ならわかる。あの駅周辺には、終電を逃す謎の磁場がある。そして京王線沿いの道は、終電を逃した人のためにある。

はじめて共通の趣味を持つ人に出会ったときの全能感。それは、カラオケに見えるカラオケのお店で、背もたれの上のところに肘を乗せながら歌う有村架純を見ればはっきり分かる。彼らは固有名詞に恋をして、夢を見ているみたいだ。(穂村弘の名前を出すなら、川上弘美も挙げてよ!と思ったりした)

この映画で出てくる数多の固有名詞は、たぶん何に置き換えても良い。25歳くらいになって、仕事の忙しさから、かつて好きだったものの優先順位がどんどん下がっていってしまう感じに、グサグサが止まらなかった。大学生の頃みたいに、本にカバーをかけて読む丁寧さを、いつしか忘れてしまったのだ。

この映画は「ロマンチックなやつ」の映画であると同時に、かつての人や物への愛情が褪せていってしまう映画。そして、それを時々思い出しながら当時に(ちょっと無責任に)思いをはせる映画。観る物の記憶を掘り起こす映画だし、偽りの記憶すら作ってしまいそうな映画。同棲し始めたときに選んだ、とっておきの照明。喧嘩をしたときに二人を照らすのも同じ照明で、引きのショットのとき、かつて大切にしていたものが画面の端々にあって切なかった。勝手に、菅田将暉と有村架純を知った気になってしまう。でもそれってきっとすごいことだ。

深夜のファミレス、Bluetoothイヤホン、ストリートビュー、今村夏子、『茄子の輝き』、パズドラ、猫。記号上等と言わんばかりの情報量。でも、大切で恥ずかしい記憶を掘り起こすのはいつだって、ふとした瞬間に出会う固有名詞だったりする。
秋日和

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