亘

ボーダレス ぼくの船の国境線/ゼロ地帯の子どもたちの亘のレビュー・感想・評価

3.9
【どこでもない場所】
イラン・イラク国境の川。少年は廃船の上で魚釣りをして暮らしていた。そこは彼だけの秘密の場所だったがある時イラクの少年兵らしきものが船に忍び込む。そこから船は彼だけものではなくなる。

廃船という制限された特殊な環境で、イラン人・イラク人・米軍兵という背景の異なる三者のやり取りを描く寓話的作品。セリフは少ないし、そもそも主要な3人がそれぞれペルシャ語・アラビア語・英語を話して言葉が通じない。さらに幼い赤ちゃんが加わることで、文化的な背景よりも人間的な交流が際立っている。またどちらかというとアメリカに敵対する立場のイランで作られた本作が、米軍兵を善人に描いているのも興味深い。

[少年の船]
舞台はイラン・イラク国境を流れる川に残された廃船。イラク側の岸に座礁しているような配置。イラン人の少年は廃船で魚を釣って暮らし、時折イラン側に川を泳いで渡って魚を売っていた。魚を釣り好きなように船内をカスタマイズする。船の上は誰にも邪魔されない場所だった。

[侵入者]
しかしある日廃船に侵入者が現れる。銃を持ったイラク人の少年兵らしき者が船に乗り込むのだ。しかも侵入者は高圧的な態度で少年を抑圧するし、資材を持ち出す。少年が何を聞いても言葉が通じないし無視される。まさに彼の船は武力で侵略されるのだ。

[融和]
廃船は武力で侵略されたかに思えたが、侵入者の素顔が明かされる。侵入者は少女だったのだ。しかもある日赤ちゃんを抱えて泣いていた。少年は彼女にやさしく寄り添い、2人は赤ちゃんを育てながら廃船で暮らし始める。彼女が少年兵の格好をしていたのは、女性だと下に見られてしまうからだろう。彼女は身を守るために少年兵となっていたのだ。彼女は警戒するあまりに周囲に高圧的な態度をとっていたのだろう。しかし今となってはそんなベールは剥がされたし、少年は彼女にやさしく接する。廃船は彼女にとっても居場所になったのだ。

[さらなる侵入者]
ある日新たな侵入者が現れる。米軍兵の男がやってくるのだ。話す言葉は理解できないし、自分たちより大きい。さらには銃を持っている。2人は男を警戒し男を監禁する。しかし少年が、妻子を思って泣いている男の姿を見ることから状況は一転。男を解放しようとする。一方で少女はそれに断固拒否。ここで少女が赤ちゃんと共に逃げてきた理由が明らかになる。
少女は両親を米軍兵に殺されたために、男をひどく敵対視しているのだ。だから男に銃を向けるし、さらには「あなたに父親が分かる?」と言い放つ。米軍兵だって故郷に残した妻子を思っていて誰よりもわかるはず。それに人を殺したくて殺しているわけではないのだ。だからこそ泣きじゃくる赤ちゃんを米兵があやすのを見る少女の姿は印象的。彼女は自らの大きな誤解に気づくのだ。

[ラスト]
本作のラストシーンは非常に解釈が分かれそうなシーン。自分は、「こんな場所は現実に存在しない」ということを表していたと思う。3人が暮らした船は、それぞれの背景・言語に関わらず人間のやさしさで心を通わせられるユートピア。ただそこは廃船という”忘れられた、存在するのかしないのか不明な場所”。実際の人々は相手も人間であることを忘れて、恨みいがみ合っている。イラン・イラク・アメリカという対立する三者が融和した理想像を見てうれしかったのに、実はそんな理想の場所は実在しないと見せられて悲しい気持ちに落とされた。

印象に残ったシーン:少女が逃げ込むシーン。少女が米兵に銃を向けるシーン。米兵が赤ちゃんをあやすシーン。米兵が少年に家族写真を見せるシーン。
亘