あんがすざろっく

グローリー/明日への行進のあんがすざろっくのレビュー・感想・評価

グローリー/明日への行進(2014年製作の映画)
4.2
映画を見るのに、タイミングって大事だと思うんです。
どんなに素晴らしい作品でも、見る時の気分とか、年齢や環境によって受け取り方が変わってくるし、昔見た時は全然何とも思わなかったのに、大人になって見たら、とても心に響いたり。

この作品は、前々から見たかったという訳ではなく、何を見ようか迷っている時に、たまたま僕の目に飛び込んできました。まるで映画が僕を呼んでいるかのよう。正に今が見るタイミングだと思いました。

マーティン・ルーサー・キング牧師が人種差別撤廃に尽力した人物であることは知っていたものの、彼の辿った道のりであるとか、どんな言動があったのかを詳しくは知りませんでした。

「I Have a dream」とリンカーン記念堂の前で演説したのは有名ですが、全文をしっかり聞いたことがありません。

この「I Have a dream」と語ったのは17分に及ぶ演説の締めくくりで、即興で語ったものなのだそうです。
あらかじめ用意されたものでなく、その時その場の思いから語られた言葉が、人の気持ちを動かす。言霊とでもいうのでしょうか。

きっと意志の強い人であったのだろうな、と想像していたのですが、彼も常に悩み、時に弱腰になってしまう人だったようです。
周りの人の支えであったり、差別に立ち向かう人々の姿に鼓舞される面もあったんですね。


非暴力を貫き、温和なようではありましたが、
何も行動しないのでは、世間は目を向けてくれない、ドラマが必要であることも知っています。
敢えて危険を顧みず、黒人達を先導してデモ行進を続け、彼らが暴力に倒されても尚、非暴力を貫く。
新聞はこの一件を取り上げ、文字通り世間が注目することになりますが、それでもキングは悩み続けます。
彼が取る行動に人々が勇気づけられ、その思いを共有してくれるも、自分のせいでその人達を危険に晒しているのではないかと。

キングの家族もまた、生きた心地のしない生活を何十年も送っています。
常に誰かに命を狙われ、脅迫され。
キングが不倫をしているとして送りつけられた証拠テープに妻は動揺、それも捏造であることをキングは説明しますが、既に二人の心には溝が出来てしまっています。
家族と離れてしまう辛さ。


モンゴメリーへの行進の発端となる血の日曜日事件、このシーンが非常にきつい。
橋を渡って州を跨ごうとする市民達の列に対し、州警察が情け容赦ない暴力を打ちつけます。
ここぞとばかりに権力を振りかざし、憎悪を剥き出しにし、逃げ惑う人々をも追い詰めて徹底的に叩きのめすという、何が彼らをそうさせているのか理解不能なレベル。
死者を出しても何も感じていない。
雑草を刈るような感覚なのかな。
もう、何がそこまでして、人間を憎まなければならないのか。

この差別意識は、当事者達に聞いても仕方がないのかも知れません。
子供の頃からずっと両親に教えられ、頭に刷り込まれ、学校でも教わり、周りにも感化され。
差別をすること自体を悪だと思えない。
この意識を拭い去るのは、とてもじゃないけど不可能だと感じられるくらいです。

その意識を改革しようと、しかも非暴力を持って立ち向かったキング牧師。

マルコムXも名前だけしか知りませんでしたが、キング牧師と同時代に生き、過激な言動から二人は対立していたんですね。
作中でもさわりが描かれていましたが、マルコムXがキング牧師と歩み寄ろうとしていた矢先に、マルコムXは暗殺されてしまったんですね。
それ故、キング牧師も彼の死を悲しんだという話があります。
もう少しで二人の距離は縮んだかも知れなかったと思うと、残念だったのでしょう。

時のアメリカ、ジョンソン大統領は、キング牧師との度重なる面会の中で、公民権法制定を強く迫るキング牧師に対し、なかなか重い腰を上げられません。
最終的には大統領も動く訳ですが、実際は大統領は制定を積極的に推進していた人物だったとのこと。
この辺りの齟齬に、史実と違うと論争が起きたようですが、監督は本作をドキュメンタリーとしては撮っていないし、「他の歴史映画は脚色が咎められないのに、何故本作だけは史実に忠実でないといけないのか」と製作サイドの方もコメントしています。
歴史的に正確ではないといった批評もある中、映画を通して人種差別撤廃への途方もない道のりに関心を持ってもらうには、充分な痛みと力を持った作品だと思います。

主演のキング牧師にデヴィッド・オイェロウォ(発音し辛い💦)が扮し、崇高なだけではない、一人の悩める人間を体現しています。

ジョンソン大統領にトム・ウィルキンソン。
少し弱腰にも見えますが、理想と現実に挟まれた大統領の苦渋の立場が滲みます。

キング牧師の前に立ちはだかるアラバマ州知事ジョージ・ウォレスに、ティム・ロス。
人種隔離主義を地でいく人物で、全身からその怒りやエネルギーを発散させるのですが、恐らくこれは極端な表現でもなく、こういう人物が市民から支持され、人種隔離こそがアメリカの未来だと本気で信じる時代が実際にあったんですね。




今再び、世界は一人の人間の言動に揺れ動かされています。
私利私欲の為に平気で嘘をつき、自国民や軍隊を嘘で納得させ、洗脳し、都合の悪いことには権力を行使して蓋をし、正当な理由をこじつけて、人を殺しています。
人を殺していい理由なんて、どこにあるんでしょうか。
一人の人間が、世界の調和を平気で踏み躙っています。

こんな時だから、この映画を見るタイミングが今だったんだと思いました。

一人の人間の力が、多くの人の心を動かせると知ることができる作品です。
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