「当たり前の毎日」って、やっぱり当たり前じゃないんだ。
明日が今日と同じように平穏だなんて、ただの願望だったり、思い込みだったりする。
多くの場合、その思い込みは機能するけど、そうでない場合もある。
さっき喧嘩した理由さえ思い出せない、自分が誰なのかが分からない人生は、受け入れがたい。
私なんて、人と話すのがいちばん好きで、そのために生きてるような人間なのに、話す言葉が頭に浮かばなくなる。相手の名前を呼ぶこともままならない。
そんなことになったら、幸せをどこに求めればいいのか。
悟って、目の前の全てを日々受け入れて暮らすには、50歳という年齢は若すぎる。
私が愛してる、職場のパートさん達は60歳前後の人が多い。その人たちがずっと元気で、笑顔で、幸せでいてほしいと思いながら観た。
結局、今日を大切に生きる以外に、自分に出来ることはないんだなあ。