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MERU/メルーのohassyのレビュー・感想・評価

MERU/メルー(2014年製作の映画)
3.5
これは素人が想像する登山とは全く違って、ウォールクライミングと言った方が正しい。
前半こそ歩いて登っているけれど、後半はほとんど宙吊りになって何日も過ごし、切り立った崖を延々と、少しずつ少しずつ登っていくだけ。
登山というと体力勝負みたいなイメージがあるけれど、どちらかといえば工具を上手に使って、岩盤を見極めながら杭を打ち、縄をかけ、ルートを作っていく職人技の方が大切な素養ではないかと思える。
テントって床がなくても張れるんですねえ。

雪山登山とまではいかなくても、辛い思いをしてまでチャレンジしたくなる気持ちというのは、ちょっとだけわかる。
本格的にロードバイクに乗っていた頃は、毎週末のように奥多摩や奥武蔵、筑波の山々にアタックをしていた。
実際登っている間は辛くて、ずっと「もういやだいっそ殺してくれ」と思いながらペダルを漕いでいるのだけれど、家に帰る頃には「来週はもっと速く登るぞ」とちょっとウキウキしていたりする。
レベルが上がっていく自分、というのがわかりやすく実感できるからなのだろうか。
友人たちと競い合うのもモチベーションになっていたし、毎年富士山のレースでタイムを更新するのも目標になっていた。
機材を整備したり、20万もするホイールを内緒で買ったりするのも、少しでも速く登れると思うと楽しくて仕方がなかった。

「なるべく速く登る」っていう、ある意味ものすごくシンプルな世界なのが、たぶんすごく居心地が良いのだろうと思う。
普段は考えることが多すぎる。
山登りも同じだろうな、どうやってここを登ろうかって考えているだけだから、これほどシンプルでわかりやすい世界もそうはない。
あとは自分と向き合えるのもいいのかな。
今日は調子がいいぞ、もう少し負荷をかけてみよう、まだ行ける、今日は全然ダメだ。
楽しい時間。

一度メルー登頂を失敗した彼らは、下山後は車椅子生活になるほどのダメージを受けたという。
その後も生死に関わるほどの大事故に遭遇したり、雪崩に巻き込まれて奇跡的に助かったり、そんな体験をしても、やっぱりもう一度チャレンジせずにはいられない。
もちろんレベルが全然違うけれど、ほんのちょっとだけわかる。

他の登山の記録と違うのは、登山チームは3名だけで、他の撮影や荷物運びなどのクルーが全く存在しないということ。
(遠景を押さえるチームはいるけど)
だからなのか、映像がとってもパーソナルな感じがして、本当に近くで疑似体験ができる。
当たり前だけれど、一か八かのチャレンジもしなければ、殴り合いの喧嘩もしない。
淡々と、着実に、静かに相談を重ね、互いを補完し合いながら登っていくだけ。
それでもやっぱり制覇のカタルシスは、もちろんちゃんと訪れる。
ドリャーっと勢いでねじ伏せるというより、我慢して我慢して我慢して、ついに解放される感覚。

3人のリーダーであるコンラッドはもちろん誰もが認めるトップクライマーなのだろうけれど、長年相棒を務め、本作の製作や撮影も行っているジミーの存在がなくては成功はしなかっただろう。
ジミーがとにかくめちゃくちゃかっこいい。
山男には惚れるなというけれど、あれは惚れる。

遠景を押さえるチームが捉えた山肌にへばりつく3つの灯は、雪に閉ざされた断崖という死の世界においてまさに生命の光だった。
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