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14の夜のsanbonのレビュー・感想・評価

14の夜(2016年製作の映画)
3.7
生まれて初めての「夜の散策」は異世界への入り口だった。

これは「人生の脇役」が主役の物語であり、普通に生きる"その他大勢"の、何処にでもある"初体験"にフォーカスを当てた作品となっている。

そして「中学生」という多感な時期を最上級に上手く汲み取った、中学生であるからこそ描ける物語であった。

何故なら、ほぼ全員の大人が中学生で覚える初めての体験が「夜遊び」であるからだ。

この作品を観ていると、中学生の時に初めて友達同士で夜に集まって遊んだ、あの"異様"な高揚感が蘇ってくる。

人通りもまばらになる深夜の街並みは、見慣れた筈のいつもの景色とはどこか違う異世界のようであり、誰もいない道にただ自分達だけがいる空間は、なんだかこの世界の主役にでもなったかのような不思議な優越感をもたらしてくれる。

そして、その経験は決まって夏休み、親の目を盗んで行われるから、罪悪感と背徳感が更におかしな気分にさせる。

そうすると、夏の熱気にあてられて"いけない事"をしてみたくなる。

今作は、そんな誰もが経験した事があるであろう一夜を"濃縮還元"したような、めちゃめちゃにエモーショナルな内容なのだ。

まず、中学生男子の原動力には全てにおいて"エロ"が絡む。

勉強するのも異性にモテたいからであり、スポーツに励むのも異性にモテたいからであり、不良になるのも異性にモテたいからであり、何もせず目立たない奴でさえ異性にモテたいとは必ず思っている。

異論は認めない。

何故モテたいかは言わずもがな、この世代のヒエラルキーは"異性と仲が良い"者のみがトップでありそれが全てだから、勉強もスポーツも不良も、何をするにしても全てその付属品に過ぎないのだ。

そして中学3年にもなると、その欲望は将来の不安へと置き換わっていく。

周りでは、チラホラと性にまつわる噂話がまことしやかに囁かれ始めているのに、自分だけが取り残されたような孤立感と、もしかしたらこのまま生涯一人で死に絶えて行くのかと、漠然とした恐怖が急激に襲いくるのだ。

この頃は性欲こそが全てで、その全てが自分から離れていってしまうような感覚は、将来の展望など一切考えられなくなる程の絶望感を与え、世界の終わりかのようにも感じる程だった。

そんな、折れそうなか細く繊細な精神をいきり立たせ、慰めてくれる"救世主"だったのが何を隠そう"AV"という存在だ。

僕の中学時代は、当然まだネット環境も十分に普及しておらず、今で言う"セクシー女優"も今の様にアイドル顔負けの美女揃いなどではなく大概質が悪かった為、美人で尚且つ行為をさらけ出してくれる当時の女性は、正に"女神"のようであり全男子憧れの存在でもあった。

そして、今作の夜遊びの動機もまたそのセクシー女優なのである。

どこから湧いた情報かは知らないが、街で一つしかないレンタルビデオ店「ワールド」で「よくしまる今日子」がサイン会を行うという。

しかも、深夜0時過ぎに行けばおっぱいまで吸わせてくれるらしいのだ。

この、信憑性などカケラもない噂話に色めき立つ「タカシ」と柔道部仲間4人は、今夜その真偽を確かめようと集まる約束をするのだった。

そして始まる初めての夜は、危険と誘惑がいっぱいの世界であった。

まず気を付けなければいけないのは、夜を徘徊する街の不良達だ。

怖い先輩に出くわそうものなら、それまでの楽しかった気持ちが一瞬にして萎縮してしまい、最悪の場合痛い目にも遭いかねない。

僕も何度か怖い目にあった事があり、中でも中学の卒業式前日にボコボコにされ、腫れ上がった顔のまま式を迎えたのは悲しい記憶である。

しかし、この経験は時として思わぬ"成長"をもたらしてくれる事がある。

殴られた直後というのは、アドレナリンの分泌により痛みは無く、患部には違和感と熱しか感じない。

そして、夜のテンションとアドレナリン、顔の熱と殴られる恐怖とがない混ぜになると、時折人は"覚醒"する事がある。

要するに"イキり"だすのである。

不良界にとってこのイキるという行為は、一目を置かれる為の重要なトリガーであり、普段の様子とギャップがある程その効力は絶大になる。

尚且つ、不良は基本バカ…いや、純粋だから、今まで怖かっただけの奴らが、それを境にとてもフレンドリーに接してくれるようになるのだ。

学生の時のこの"後ろ盾"は、あるのとないとでは女子にモテると同じくらい、アイデンティティに雲泥の差を生じさせるものだった。

また、夏に持て余した膨大で暇な時間を発散させようとするからか、夜になると何故だか無性に走りたくなった。

走って好きなあの子の家まで行ってみたくなった。

行ったところで何がある訳でもないのに、そうしないと気が済まなかったのだ。

タカシも、ボロボロになりいろんなものを失いながらも、一心不乱にワールドに向けて走りだす。

夜のテンションとは、言葉では到底言い表せられないが、総じてそういうものなのである。

そして、転げるように最悪を繰り返す夜程、何故だか最後にはちょっぴりいい事があったりする。

まあ、結局そのいい事が起きるまでに払った代償の方が高くついてたりするのだが。

こうして、激動の一夜を乗り越え自分の部屋に戻った瞬間、それまでの時間が嘘だったかのように一気に現実に引き戻される。

現実に戻ると冷静になり、テンションで騙していたあれやこれやが次々にぶり返し襲ってきて、感情が掻き乱されたまま気絶するように眠りについて、いつの間にか次の日を迎えている。

ここまでがセットで、性春の一ページなのである。

今作は、本当に上手くこの感情を描き出していたし「中坊あるある」に溢れたネタの数々は、面白くもあり実に懐かしかった。

家族の鬱陶しさや、仲間内での軋轢なんかも原因からなにから全てがリアルで生々しく、見ていて痛々しさ全開なのも自分自身に身に覚えがあるからこそであった。

中学生を題材にすると、どこかファンタジー臭を漂わせる内容のものが多かったりするが、今作は嘘っぽくもリアリティラインは常に保ちながら進行していく為、およそ20年程前中学生だった世代には、正にドンピシャで共感が出来る作品となっていた。
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