秋日和

黒衣の刺客の秋日和のレビュー・感想・評価

黒衣の刺客(2015年製作の映画)
3.5
大好きな、それはそれは大好きな、現役監督の中では五本の指に入るくらいご贔屓な監督こと、候孝賢の新作。予告を観て「これは果たして大丈夫なのだろうか……」と期待よりもやや不安の方が勝っていたのだけれど、いや、とても良かったと思います(しかし、個人的には今まで観た候孝賢の中では一番下の作品です……)。きっと多くの人が個人的な年間ベスト10の中に忍び込ませるのではないでしょうか。
候孝賢はかように風を吹かせる人だったか、カーテンや布をはためかせずにはいられない人だったかと思ってしまうくらいに全編に渡って風が印象的な映画でした。『ニシノユキヒコの恋と冒険』における風は自然現象、たまたまであったと井口奈己は言ったそうだけれど、この映画は何処まで計算・演出されていたのでしょうか。画面を横切る虫、鳥、そしてふと顔を出す蟻はどうなのでしょう。あそこまで見事な、完璧と言って良い画面を観てしまうと、そんな意地の悪いことを少しばかり考えてしまいます。
木々を映し出す水面や立ち込める煙を見ても息を飲むほど美しく、そしてその中で人工的な気品のある「赤」が映えています(全ては人工であり、また全ては自然なのですけど)。静謐さを重んじるかのように台詞は控えめに、であるからして観る側は「音」に敏感になるのですが、いくらこちらが懸命に耳に意識を傾けても、主人公である黒衣の女の立てる音を聞くことは出来ません。ただ聞こえるのは鳥の囀りと風の音、楽器の演奏、そして剣と剣が交じり合う音だけなのです。
秋日和

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