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完全なるチェックメイトのsoffieのレビュー・感想・評価

完全なるチェックメイト(2014年製作の映画)
3.8
2014年公開

エドワード・ズゥイック監督作品

チェスのアメリカ初の世界チャンピオン
ボビー・フィッシャーの実話に元ずく映画

映画はボビーの少年時代~アイスランドの首都レイキャビックで行われた1972年の世界王者決定戦までを描いている。

1943年生まれのボビーは両親がモスクワの反ユダヤ主義からパリへ逃れ、母が国籍を持っていたアメリカに姉のジョーンを連れて移住した後、イリノイ州シカゴで生まれた。
父親はモスクワ大学に招聘されるほどの生物物理学者だったがアメリカ国籍が無いため妻と離婚、息子のボビーには1度も会っていない。

母子家庭で貧しく複雑な環境の中、ボビーは6歳頃まで落ち着きのない子供だったが、姉が1ドルのチェスセットを与えて初歩的なルールを教えてから独学でチェスの虜となってく。

その後14歳でインターナショナル・マスターとなり15歳で世界最年少のグランドマスターになった。

IQ180以上の天才で、彼のチェスの駒の進め方は大胆華麗、500年に1度出るか出ないかのチェス界のダ・ヴィンチと呼ばれるほど美しく独創的で芸術的と賞賛された。

一方その性格は「チェス界のモーツァルト」と呼ばれ自らを天才と呼び傲岸不遜、謙虚さの欠片も無く、統合失調症と思われる妄想、幻聴、感情麻痺、自我障害を抱えた人物だった。

映画の中で特に彼の性格を表しているのは1970年頃世界ランキング上位の選手達を打ち負かしアメリカ史上初の世界選手権決勝進出を勝ち取った時出演したTV番組で
「相手を打ち負かした時の最大の喜びは何?」と訊ねられ

「相手のエゴを粉砕すること、試合中に相手が負けを悟って心が崩壊する姿を見るのが最大の喜びだ」と答えた言葉の中に全てある。

チェスはチェス盤上の戦争と言われるが、この映画の中でもアメリカ対ソ連の国を賭けた勝負と言われている。
実際、映画の中のボビーはアメリカ大統領や副大統領から直接応援を受けている。

ボビーのマネージャー的存在の弁護士は「弁護士」という肩書きの実はアメリカの諜報機関から派遣されたお目付け役で、ソ連とボビーが繋がっていないかをずっと監視している。

一方のソ連の王者ボリス・スパスキーは冷戦時代の世界チャンピオンなので、映画では描かれていないが共産主義国家のスター選手は皆国家を背負っている、国のトップに立ち、世界のトップになることで一族が国に豊かな生活を約束され特別待遇を受ける特権を与えられるが、常に世界中どこへ行ってもマネージャーという名のKGBの監視役が一緒で、ホテルや自宅にも監視カメラや隠しマイクが当たり前に仕込まれた生活を余儀なくされる。

映画中に試合に負けたソ連の選手が「医者の診断書を取ってインフルエンザで体調不良だったという理由を報告してやる」と付き人(KGB)に言われてホッとする場面があるが、1度試合に負けるとソ連では「粛清」される、それは本人だけでなく家族と一族が今まで与えられていた家、職場、学校、持ち物、財産も全ての特権が剥奪され、本人は生涯チェスを禁止され、国の強制労働者の生活に落とされ二度と元には戻れない事を意味する。

この頃のソ連の世界的選手達は皆、自分だけではなく一族郎党の命を国に人質に取られて国の名を上げるために戦う事を余儀なくされた人々。

そんな背景を背負う旧ソ連の世界王者と、高みに登り詰め精神の崩壊故に芸術的な天才の奇跡の一手を生み出すボビーとの戦いをそれぞれの心情に触れながら語られる映画。

感想は、とても面白かった。

チェスは全然出来ないし、知らない世界だけど、今まで見てきた映画やドラマ、小説で、チェスの世界チャンピオンという人がチラッとでも出てくると、皆例外なく自分のことを天才と呼び、恐ろしく繊細で明らかに病んでる姿が印象的だったが、この映画を観て、なるほどこおいう人達の事だったのね!と納得出来た。

スパイダーマンのトビー・マクグァイアの演技が最高で、傲慢で自尊心の塊で妄想に囚われている姿は迫真の演技だった。
傲慢さは台詞ではなく、黙っている姿、歩き方、座り方、明らかに思い上がっている表情の演技が凄かった。

よく反社会勢力の方々の映画で、麻雀する時に「オヤジの代打」と呼ばれる麻雀の強い人が、組の威信を賭けて親分の代わりをしたりするけど、チェスはオヤジの代打ではなく国家元首の代打と言っていいだろう。

なぜならこの「完璧なチェックメイト」の原作の題名は
「Pawn Sacrifice」
直訳すると「ポーンの犠牲」

「H・キッシンジャーとニクソンにとってボビーはポーンのような手駒の1つに過ぎなかった。
ブレジネフとKGBにとってのボリス・スパスキーも同じような存在だった。つまり、2つの大国にとってチェスプレイヤーは相手に取られてもいいポーンのような存在でしかなかった。」という意味が込められている。

つまりチェスは国の威信はかけてるが、あくまで余興に過ぎず、映画の中のチェスプレイヤーはその余興を命懸けで戦わされている、という皮肉。

映画の終わり方はボビーがアイスランドに亡命して彼の地で死ぬまで過ごした描かれ方をしているが、本当はもっと世界中を点々と放浪している。

2000年頃には日本人女性と結婚して数年大田区蒲田で生活していた事もある、彼は日本贔屓だった。

チェスの歴史を塗り替えた1人の天才の物語をブラピの「レジェンド オブ フォール」のズゥウック監督が繊細に描いた映画、チェスを全然知らなくても楽しめる、1つのことに生涯を賭けた天才達の物語。


蛇足だが
日本の将棋棋士 羽生善治 永世棋聖九弾もこのボビー・フィッシャーを研究している

フランク・ブレイディー著書の
「完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯」で羽生善治は解説を書いている。
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