ジャン黒糖

バリー・シール/アメリカをはめた男のジャン黒糖のレビュー・感想・評価

3.9
トム映画連続感想14本目!
『オール・ユー・ニード・イズ・キル』で初タッグとなったダグ・リーマン監督との2本目!!
邦題も相まって勘違いしちゃうけど、本作はあくまでも実話を題材にしたフィクションであり(ここが重要!)、このフィクションが放つエンタメとしてのテンポの良さとエネルギッシュさはひとえにトム・クルーズ御大の存在感によるものが大きい!!
公開当時以来の2回目の鑑賞だったけれど、自分はやっぱこの映画、好きだ!!

【物語】
TWA(トランスワールド航空)に務めるパイロットのバリー・シールは、決められた航空ルートを渡航し続ける日々に退屈を感じていた。
ある日、CIAと思しき男"シェイファー"に声をかけられ、飛行技術を見込まれた彼は中南米の革命兵士たちを空撮する仕事を依頼される。

報酬の良さ、もっといえば危険地域を渡航する刺激的な依頼内容に魅力を感じたバリーは次々と仕事をこなしていくなかで、やがてシェイファーからの依頼だけでなく、現地の麻薬カルテルや武器商人などからも依頼を受けるようになり、とても消費し切れない程の富を得るが、地元州警察、FBI、DEAなどからも目を付けられるようになり…。

【感想】
本作、まずなによりびっくりするのが、バリー・シールという男が歩んだ人生そのものよ!
パイロットという特殊技能を持った一般人が、CIAから直々に依頼を受け、そのまま現地では麻薬カルテル、それも大物中の大物であるパブロ・エスコバルらがいるカルテルから麻薬の密輸を依頼され、さらには武器商の斡旋までやり、得た報酬はとても抱え切れず、隠れ蓑にしていた人口3千人程度の小さな町の銀行への預金も追い付かず、しまいには自宅庭や馬小屋に現金を埋め、地元警察、FBI、DEAからも目を付けられていた!

破格の人生を歩んできたこの男の人生そのものがまずもってヤバすぎる!
一般人が国家機関の人たちと仕事をしていく姿は『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』を想起させるし、実際の当時の映像を交えながらバリーの人生を描く変遷自体が裏街道版『フォレスト・ガンプ』的だし、リスクに無自覚なままのし上がっていく姿は『ウルフ・オブ・ウォール・ストリート』的でさえある。


そのため観終わってすぐに気になるのは彼の人生そのもの。
そこで公開以来見直したこのタイミングで気になって彼のことをwikiなどで調べてみると、そこでも驚いたのだが、本作において彼の人生を大きく変えることになるきっかけを作った諜報人たるCIAの存在がwikiでは触れられていないのだ。
え、シェイファーは?!


これは、町山智浩さんがラジオで公開当時本作を解説していた回で言っていたのだけど、なんとCIAはバリー・シールがアメリカや中南米で行ってきた麻薬や武器の密輸行為をはじめとする数々の犯罪に対する当局の関与をいまだに一切認めていないらしい。
それもそのハズ、彼がアメリカ国内外で犯したあらゆる犯罪行為は、この映画で描かれていることを丸ごと事実と思って観ると、悪いのは彼に依頼したCIAそのものだという見方も出来てしまう。
一見かなりの重罪にも関わらず裁判でバリーは無罪同様の扱いを受ける、という奇妙な出来事があるにも関わらず!!

劇中でもシェイファーがバリーとの関与に繋がる情報の一切を抹消しようと動く姿が描かれる。
彼の存在はCIAからすれば"不都合な真実"そのもの。
だから、日本のネット記事で彼のことを調べても、CIAとの関与を示す記事がなかなか見つからない。

映画を観てみれば、邦題は「アメリカをはめた男」というより、「アメリカにはめられた男」の方がしっくりくる。
ただ、映画サイトなどで本作を調べるとデカデカと「衝撃の実話!」などと謳った記事が散見される。
じゃあ一体全体、バリー・シールって男は本当は一体どんな人物だったの…?



そんな、謎の男バリー・シールを演じたのがトム・クルーズ。
実際のモデルの顔写真を見ればトムとバリーが似ていないことは誰もが一目瞭然でわかる。

そして、トム・クルーズを起用したという時点でわかるとおり、本作はトムが演じるバリー像、および現実ではCIAが一切の関与を否定している史実そのものに、作り手はハナから忠実に再現しようとはしていない。

そのメッセージは端的にエンドロールの以下抜粋文に見て取れる。


The character and events depicted in this photoplay are fictitious.
Any similarity to actual persons, living or dead, is purely coincidental.

And yes,we know that's not El Salvador.



では、トム・クルーズが演じた役はどうだったのか。
エルヴィスやマリリン・モンロー、リンカーン…等、実在の人物の顔がよく知られている場合、その人物を描いた映画ではビジュアルが寄せられることが多い。

ただ、トムのバリー・シールはどう見ても似ていない。
ここに、自分はトムの映画史を重ねてみた。


この映画で描かれるバリーはどう見ても「アメリカにはめられた男」であり、原題は"Ameria made"、直訳すると「アメリカ製」だ。
バリーは、CIAやカルテルから危険な任務を次々と依頼されるが、劇中常に(トム・クルーズらしい)ニヤニヤ笑顔で断らない。
彼は断らなかったから巨万の富を得て、波乱に満ちた人生を歩んだ。

この"断らない"姿勢にこそ、トムが歩んできたフィルモグラフィを感じた。

トムは顔はバリーに似ていなくとも、他の俳優ではなかなか出来ない、スタント無しでも可能な飛行技術によって"自分で"出来てしまう。
『ナイト&デイ』で彼が演じたロイ・ミラーも、どんな危険に晒される状況にあっても、そのニヤニヤ笑顔で常にピンチを切り抜けてきた。

本作のバリーも、常にニヤニヤ笑顔で乗り切ろうとする。
だから最終的には「アメリカにはめられた」訳で…。

飛行機不時着で全身"白い粉"まみれになるトムの姿は、イーサン・ハントやジャック・リーチャーでは決して観られない無様な姿。
でも、それも含めて"断らないバリーの滑稽な姿"≒娯楽映画のためなら妥協しないトムの姿に自分は重ねて観てしまった。

『ナイト&デイ』のロイが限りなく寓話性の高い男だった一方、本作のバリーは現実に落とし込んだときの滑稽さと愛嬌が交じり合った男であり、どちらもトムらしさが存分にある。

そしてなにより、実在のバリー・シールという男が解像度高く史実が記録されていたらここまでの娯楽作品にはまずならなかったと思う。
CIAが関与を否定していること、それゆえ記録がほとんど残されていないこと。
この2点があったからこそ、映画としてどう人物を演じるかの自由度が高く、それゆえトムという底知れぬ娯楽性の高い男がバリーという人物像にマッチしたと思った。
他の実在をモデルにした映画ではなかなか出来ない。

タランティーノ監督の『ワンス・アポン・イン・ハリウッド』のラスト、娯楽映画だから出来る、史実を改変することで生じる"奇跡"に自分は鑑賞当時めちゃくちゃ感動した。
本作も、記録に残っている史実が少ないからこその自由度をもって痛快な娯楽作品として描かれる、

実在のバリーがもうこの世にいないからこそ、観る人に突き付けてくる「アメリカ製」というタイトルが意味する余韻。
彼という人物を作り上げたアメリカとは何か。


ラスト数分で描かれる、のちのレーガン政権最大のスキャンダルたるイラン・コントラ事件に繋がる当時の映像、そしてタイトル"America made"によって、本作の描こうとする射程が広がる。
自分はこの映画、そしてトムが演じたバリーの能天気さ、やっぱ大好きだ。
ジャン黒糖

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